★プロフィール。Part1。Part2。

これより上に書き足す。Part2。

◆世間と呼ばれているものは、もしこういってよければ、いわば世間に身売りしているような人々からだけ出来上っているのである。彼等は自分の才能を利用し、富を蓄積し、世間的な仕事を営み、賢明に打算し、その他いろいろなことを成し遂げて、おそらくは歴史に名が残りさえもする、――しかし彼等は彼等自身ではない。彼等がその他の点でいかに利己的であろうとも、精神的な意味では何等の自己――そのためには彼等が一切を賭しうるような自己、神の前における自己、――をも彼等は所有していない。 <キェルケゴール死に至る病』>

 

◆◆◆◆◆

●天地[あめつち]に少し至らぬますらをと思ひし我や雄心もなき <万。作者不詳>

●逢坂の夕つけになく鳥の音を聞きとがめずぞ行き過ぎにける <後撰。>

●園原や伏せ屋に生ふる帚木のありとは見えて逢はぬ君かな <新古今。坂上是則>

 

 

以下2021年1/20まで。Part1。

◆めぐり逢ふ君やいくたび/あじきなき夜[よ]を日にかへす/吾命[わがいのち]暗[やみ]の谷間も君あれば恋のあけぼの <島崎藤村詩集>

◆土が眼を開いたように処々ぽつりぽつりと秋蕎麦の花が白く見え <長塚節『土』>

◆八十パーセントの濃硫酸を作るにはバッテリーの電解液をゆっくり温め、時間をかけて煮なければならない。 <ピエール・ルメートル『その女アレックス』>

◆歳月は空々莫々。大地はこれ放恣の穢土[えど]だ、と、/世界を挙げて泣き言をいっても、私は泣き言は一切いわぬ。 <ウォルト・ホイットマン『草の葉』>

◆茶色い髪に雪の欠片が降りつもり、かわいらしいそばかすが燃えたち、頬は往復ビンタを張られたみたいに真っ赤に染まっていた。 <ギリアン・フリン『ゴーン・ガール』>

◆人はこんなふうに立ち往生し、ぶつかりあう愛にひとしく苦しめられながらも、情熱と退屈のあいだに、悦びと絶望のはざまに、夢見るだけの人生と耐えがたい現実のあわいに、自分の居場所を見つけようとせいいっぱいあがいている。 <トマス・H・クック『緋色の記憶』>

◆名声と世の承認を得たいために書くのではなく、書くこと自体が目的と化していた。彼を生きつづけさせるもの、寒さと空腹と寂しさに意味を与えるもの、表現を与えるものが、この詩だった。 <フレドリック・ブラウン『まっ白な嘘』>

◆私は彼[←老人]と折り合うことができるのだ。現実感のないひとにしか惹かれない、そう池にいってもきょとんとして首を傾げるだけに違いない。池とは別れる、きっぱりと決断して・・・ <柳美里『家族シネマ』>

◆里奈はほんとうに知りたいことは誰に訊いても教えてもらえないとあきらめていた。誰もほんとうのことなど何ひとつ知らないのだ <『家族シネマ』>

◆みんながほかのみんなを食いあっているってことだな。結局のところ人生ってそんなものなんだ <ジェイムズ・ジョイスユリシーズ』>

◆成功とは知性と想像力との死を意味する <『ユリシーズ』>

◆男にとっても女にとっても、侮辱や憎しみは生命ではない。本当の生命はそれと反対のものだってことは、誰だって知っています。

――つまり何だね?とアルフは言う。

――愛です、とブルームは言う。 <『ユリシーズ』>

◆彼[卯平]は丁度他人に対する或憤懣の情から当てつけに自分の愛児を夥[したた]かに打ち据える者のように羅宇を踏み潰した。 <『土』>

◆地鏡にも似た理想の充足をどこまでも追いかけて虚飾に満ちた日々を延々と繰り返す <丸山健二『争いの樹の下で』>

◆仮定としての波乱万丈の一生を体験を超える体験として無垢な心に刻みつける 丸山健二

◆利他的な行為にロマンを感じる者はいても、火の粉を頭からかぶりながら、社会という名の金敷の上で正義という名の焼けた鉄を本気で打てる者はいない 丸山健二

◆気が散る材料には事欠かないこの空間に満ちている何もかもが、芳香剤のように噓くさい 丸山健二

◆充足に似通ったものを錯覚させてくれる最後の切り札←暴力が 丸山健二

◆英雄は、甲冑をまとっているが、聖人は、はだかである。・・・・・・もし甲冑をまとっていて、そのおかげで傷を受けることから守られ、同時に、傷によってもたらされる深みへの道もとざされているとしたら、わたしたちの中へ入ってくることができるものは何もない。 <シモーヌ・ヴェイユ重力と恩寵』解題>

◆日々の義務への厳しいまでの忠実さに支えられていないなら、どんな宗教的高揚感も彼女(ヴェイユ)には疑わしいものに思えた。<『重力と恩寵』解題>

◆知性は何ひとつ発見することはできないのだ。ただ、そこいらを片づけるだけである。知性はただ、奴隷にふさわしい仕事にだけ適している。<『重力と恩寵』>

◆真空を充たしたり、苦悩をやわらげたりするような信仰は、しりぞけるべきこと。・・・・・・ふつう宗教の中に求められるいっさいの<慰め>をしりぞけるべきこと。<『重力と恩寵』>

◆人に哀願するのは、自分だけの価値体系を他人の精神の中に力ずくででもはいりこませようとする絶望的な試みである。神に哀願するのは、それとは反対で、神的な価値を自分の魂の中に入りこませようとする試みである。それは自分が執着している価値を必死になって考えるというのとは全然ちがって、自分の内部に真空を持ち堪えることである。.<『重力と恩寵』>

◆わたしたちは、この世では何ひとつ所有していないのだ――偶然がすべてを奪い去ってしまうこともあるのだから――ただ、<わたし>と言いうる力だけを別として。この力をこそ、神にささげねばならない。すなわち、これを滅ぼさねばならない。わたしたちにゆるされている自由なんて、まったくひとつもない。ただ、この<わたし>をほろぼすことだけは別として。<『重力と恩寵』>

◆パリサイ人とは、自分の力だけに頼って、徳の高いりっぱな人間になろうとした人たちのことである。謙遜とは、<わたし>と呼ばれるものの中には、自分を高めて行けるエネルギーの源泉なんてまるでないのを知ることである。<『重力と恩寵』>

◆わたしの中にある貴重なものはすべて、ひとつの例外もなく、わたし自身とは別なところから来たのである。それも、賜物としてではなく、たえず継続を願い出なければならない貸与物として。わたしの中にあるすべてのものは、例外なく、まったくなんの価値もない。別なところから与えられる賜物でも、わたしがそれを自分のものにするとなんでもたちまち無価値になる。<『重力と恩寵』>

◆極度の疲労をさそいだす労働、残酷さ、迫害、非業の死、強制、恐怖、病苦など――これらはみな、神の愛である。神は、わたしたちを愛するからこそ、わたしたちが神を愛することができるようにと、わたしたちから遠くへ退くのである。<『重力と恩寵』>

◆わたしたちは、何者かであることを捨て去らねばならない。それこそが、わたしたちにとってただひとつの善である。<『重力と恩寵』>

◆過去も、現在もやがては凋落する――私はそれらを充塡し、また空虚にした、/そして、私は私の未来の次の襞を充塡するために進発する。<『草の葉』>

◆自分を根だやしにしなければならない。木を切って、それで十字架をつくり、次には日々にそれを負わなければならない。<『重力と恩寵』>

◆<われ>であってはいけない。まして、<われわれ>であってはなお、いけない。・・・・・・場所のないところに、根をもつこと。<『重力と恩寵』>

◆社会的にも、生物としても、自分を根だやしにすること。地上のあらゆる国から、追放された者となること。<『重力と恩寵』>

◆神がわたしに存在を与えてくれたのは、わたしがそれを神に返すためである。<『重力と恩寵』>

◆<われ>とは、神の光をさえぎる罪と誤りとが投げかける影にすぎないのに、わたしは、それをひとつの存在であるかのように思っている。<『重力と恩寵』>

◆「そして死は、わたしの目から光を奪い去り、この目がけがしていた日の光に、澄んだ清らかさをとりもどさせるでしょう・・・・・・」(←ラシーヌ『フェードル』)。どうか、わたしは消えて行けますように。今わたしに見られているものが、もはやわたしに見られるものではなくなることによって、完全に美しくなれますように。<『重力と恩寵』>

◆人は、自分からすすんで神を愛すると約束するのではない。自分の知らぬうちに、自分の内部でむすばれた約束に同意するのである。<『重力と恩寵』>

◆ひとりの人が存在するようにと望みさえすれば、このほか、これ以上に何を望むことがあろうか。そのとき愛するその人は、想像の未来に覆い包まれていず、裸のままで現実に存在する。・・・・・・こうして、欲望が未来に向けられているか、向けられていないかによって、愛が純なものとなったり、純でないものとなったりする。<『重力と恩寵』>

◆友情を望むのは非常な誤りである。・・・・・・友情は恩寵の次元に属するものなのだ・・・・・・孤独を逃れたいと望むのは、卑劣である。友情は求められるものではなく、夢見られるものではなく、望まれるものではない。<『重力と恩寵』>

◆人を傷つける行為は、自分の中にある堕落を他人に転嫁することである。だからこそ、まるでそうすれば救われるかのように、そういう行為に走りがちなのだ。<『重力と恩寵』>

◆受難とは、およそどんな仮象をもまじえない完全な義が存在するということである。義とは、もともと能動的には行動しないものである。義は、超越的なものであるか、それとも苦しみを受け忍ぶものでなければならない。<『重力と恩寵』>

 

 

●吾が仏顔くらべせよ極楽の面[おもて]おこしは我のみぞせむ <仲文集>

●秋風にきつつ夜さむやかさぬらん遠山摺りの衣かりがね <続千載和歌集>

●秋の田の穂向きの寄れる片寄りに君に寄りななこちたくありとも <万。但馬皇女[たぢまのひめみこ]>

●秋ならで逢ふことかたきをみなへし天の河原に生ひぬものゆゑ <古今。藤原定方>

●秋の夜や天の川瀬は氷るらむ月の光の冴えまさるかな <千載和歌集。藤原道経>

●浅茅原[あさぢはら]茅生[ちふ]に足踏み心ぐみ我[あ]が思ふ児らが家のあたり見つ <万。作者不明>

●あしひきの山椿咲く八つ峰[を]越え鹿[しし]待つ君が斉[いは]ひ妻かも <万。作者未詳>

●葦間より見ゆる長柄[ながら]の橋柱昔のあとのしるべなりけり <拾遺集藤原清正>

網代木にいざよふ浪の音深[ふ]けてひとりや寝ぬる宇治の橋姫 <新古今。慈円>

●明日知らぬみ室の岸の根無草何徒[あだ]し世に生ひ始めけむ ‹千載和歌集。花園左大臣家小大進›

●足[あ]の音せず行かむ駒もが葛飾の真間[まま]の継ぎ橋止まず通はむ <万。読み人知らず>

●天雲[あまくも]に近く光りて鳴る神の見れば恐[かしこ]し見ねば悲しも <万。読み人知らず>

●天の原振りさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも <古今。阿倍仲麿>

●天[あめ]の下すでに覆ひて降る雪の光を見れば貴くもあるか <万。紀朝臣清人[きのあそみきよひと]>

●ある時は在りの遊[すさ]びに語らはで恋しきものと別れてぞ知る <古今和歌六帖。>

●家苞[いえづと]に貝そ拾[ひり]へる浜波はいやしくしくに高く寄すれど <万>

●いかなれば恋にむさるる𣑥布[たくぬの]のなほさゆみなる人の心そ <夫木和歌抄>

●幾そ度[たび]君がしじまに負けぬらむ物な言ひそと言はぬたのみに <源氏物語。末摘花>

●和泉なるしのだの森の葛の葉の千枝[ちえ]にわかれてものをこそ思へ <古今和歌六帖>

●伊勢島や二見の浦の片し貝あはで月日を待つぞつれなき <内裏名所百首>

●いとどしく虫の音しげき浅茅生[あさじう]に露おきそふる雲の上人 <源氏物語>

●磐[いは]が根のこごしき山を越えかねて哭[ね]には泣くとも色に出[い]でめやも <万。長屋王>

●石走り激[たぎ]ち流るる泊瀬川[はつせがは]絶ゆることなくまたも来て見む <万。紀朝臣鹿人[きのあそみかひと]>

●五百枝[いほえ]さし 繁[しじ]に生ひたるつがの木の いや継ぎ継ぎに <万。山部赤人>

●今今とわが待つ妹[いも]は鈴鹿山ふきこす風のはやもきななむ <古今>

●今もかも咲き匂ふらむ橘の小島の崎の山吹の花 ‹古今。読み人知らず›

●今はただ思ひ絶えなむとばかりを人づてならで言ふよしもがな <後拾遺。左京大夫道雅>

●妹とありし時はあれども別れては衣手寒きものにそありける <万。読み人知らず>

●妹と来し敏馬[みぬめ]の崎を帰るさに一人し見れば涙ぐましも <万。大伴旅人>

●空蝉[うつせみ]の世は常なしと知るものを秋風寒み偲[しの]びつるかも <万。大伴家持>

卯の花の垣根ばかりは暮れやらで草の戸ささぬ玉川の里 <夫木和歌抄>

●梅が枝に鳴きて移ろふうぐひすの羽白妙に沫雪[あわゆき]そ降る <万。読み人知らず>

梅の花にほふ春べはくらぶ山やみにこゆれどしるくぞありける <古今。紀貫之>

●大宮の内まで聞こゆ網引[あび]きすと網子[あご]ととのふる海人[あま]の呼び声 <万。長奥麻呂[ながのおきまろ]>

●奥山の八つ峰の椿つばらかに今日は暮らさねますらをの伴 <万。大伴家持>

●かくしても相見るものを少なくも年月経[ふ]れば恋しけれやも<万>

●霞晴れみどりの空ものどけくてあるかなきかに遊ぶ糸遊 <和漢朗詠。作者未詳>

●語らはむ人なき里にほととぎすかひなかるべき声な古[ふる]しそ <蜻蛉日記>

●神[かむ]さぶる磐根[いはね]こごしきみ吉野の水分山[みくまりやま]を見れば悲しも <万。作者不明>

●からたちの茨[うばら]刈り除[そ]け倉建てむ屎[くそ]遠くまれ櫛造る刀自 <万。忌部首[いむべのおびと]>

●かりごもの思ひ乱れて我恋ふと妹知るらめや人し告げずは <古今。読み人知らず>

●木の暗[くれ]の四月[うづき]し立てば夜籠もりに鳴くほととぎす <万>

●君が行き日長[けなが]くなりぬ山たづね迎へか行かむ待ちにか待たむ <万。磐姫皇后>

●草の葉にあらぬたもとも物思へば袖に露置く秋の夕暮れ <山家集西行>

●草原は夕陽[せきよう]深し帽ぬげば髪にも青きいなご飛びきたる <死か芸術か。牧水>

草枕旅行く背なが丸寝せば家[いわ]なる我は紐解かず寝む <万>

●暮れかかるむなしき空の秋を見ておぼえずたまる袖の露かな <新古今。九条良経>

●来ぬ人を松帆[まつほ]の浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ 〈新勅撰和歌集藤原定家

●木高[こだか]くはかつて木植ゑじほととぎす来鳴き響[とよ]めて恋増さらしむ <万>

●さらでだに露けき嵯峨の野辺にきて昔の跡にしほれぬるかな <新古今。藤原俊忠>

●さらぬだに重きが上のさよ衣わがつまならぬつまな重ねそ <新古今。寂然法師>

●塩の山差し出の磯にすむ千鳥君が御世をば八千代とぞ鳴く <古今。読み人知らず>

●しののめの朗ら朗らと明けゆけばおのが後朝[きぬぎぬ]なるぞ悲しき <古今。読み人知らず>

●渋谷[しぶたに]の崎の荒磯[ありそ]に寄する波いやしくしくに古[いにしへ]思ほゆ ‹万。大伴家持

●白河のしらずともいはじ底きよみ流れて代々[よよ]にすまむと思へば <古今>

●白妙の露の玉衣[たまぎぬ]上にきてからなでしこの花やねぬらん <夫木和歌抄>

●垂乳女[たらちめ]や止まりて我を惜しまましかはるにかはる命なりせば <千載和歌集>

●手弱女[たわやめ]の思ひたわみてたもとほり我[あれ]はそ恋ふる舟梶[ふねかぢ]をなみ <万>

●千早振る神代も聞かず竜田川から紅に水くくるとは <古今。在原業平>

●塵泥[ちりひぢ]の数にもあらぬ我故に思ひ侘ぶらむ妹[いも]が悲しさ <万。中臣宅守>

●月夜見[つくよみ]の光は清く照らせれど惑[まと]へる心思ひあへなくに <万。作者未詳>

●月読[つくよみ]の光を清み夕なぎに水夫[かこ]の声呼び浦廻[うらみ]漕ぐかも <万>

●づれづれのながめにまさる涙川袖のみぬれて逢ふよしもなし <古今。藤原敏行>

●手もたゆく扇の風のぬるければ関の清水に水馴[なれ]てぞ行く <好忠集。曾禰好忠>

●年久[としひさ]に纈[ゆはた]の帯をとりしでて神にぞまつる妹[いも]に逢はんと <夫木和歌抄>

●年経[ふ]れば汚[けが]しきみぞに落ちぶれて濡れしほどけぬいとほしの身や <夫木和歌抄>

●問ふ人も嵐吹きそふ秋は来て木の葉にうづむ宿の道芝 <新古今。藤原俊成女>

●流れくるもみち葉見れば唐錦滝の糸もて織れるなりけり <拾遺>

●難波潟漕ぎ出[づ]る舟のはろばろに別れ来ぬれど忘れかねつも <万>

●涙川枕流るる浮き寝には夢も定かに見えずぞありける <古今。読み人知らず>

●ぬばたまの夜渡る月のさやけくはよく見てましを君が姿を <万。読み人知らず>

●初春[はつはる]の初子[はつね]の今日[けふ]の玉箒[たまはばき]手に取るからに揺らぐ玉の緒 <万。大伴家持>

●春草を馬咋山[くひやま]ゆ越え来[く]なる雁[かり]の使ひは宿り過ぐなり <万。柿本人麻呂>

●春来れば滝の白糸いかなれや結べどもなほあわに見ゆらむ <拾遺>

●春の園紅にほふ桃の花下照る道に出で立つ娘子[おとめ] <万。大伴家持>

●春へ咲く藤の末葉[うらば]の心安[うらやす]にさ寝[ぬ]る夜[よ]そなき子ろをし思[も]へば <万。読み人知らず>

●春も惜し花をしるべに宿からん縁[ゆかり]の色の藤の下陰 ‹拾遺愚草›

●春わかず冴ゆる河辺の葦の芽は石より出づる火にや燃ゆらむ <宇津保物語>

●日かげにもしるかりけめやをとめごがあまの羽袖[はそで]にかけし心は ‹源氏物語。夕霧›

●吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風をあらしといふらむ <古今。文屋康秀>

●富士の嶺[ね]の絶えぬ思ひもある物をくゆるはつらき心なりけり <大和物語>

●ふるはたの岨[そば]の立木にゐる鳩の友よぶ声のすごき夕暮れ <新古今。西行>

●郭公[ほととぎす]その神山の旅枕ほの語らひし空ぞ忘れぬ <新古今。式子内親王>

●松島の風にしたがふ波なれば寄るかたにこそ立ち増さりけれ <蜻蛉日記>

●待つ宵に更けゆく鐘の声聞けばかへるあしたの鳥はものかは <平家物語>

●水の面[おも]に照る月波を数ふれば今宵ぞ秋の最中[もなか]なりける ‹拾遺和歌集。源順›

●水泡[みなわ]なすもろき命も𣑥縄[たくなは]の千尋にもがと願ひ暮しつ <万。山上憶良>

●身にしみし荻の音にはかはれどもしぶく風こそげにはものうき <山家集西行>

●宮木引く千引きも弱るらし杣川[そまがわ]遠き山のいはねに <夫木和歌抄>

●見渡せば明石の浦に燭す火の秀にそ出でぬる妹に恋ふらく <万。門部王[かどべのおほきみ]>

●虫の音に露けかるべき袂かはあやしや心もの思ふべし <山家集西行>

●紫の一本[ひともと]ゆゑに武蔵野の草はみながらあはれとぞ見る ‹古今。詠み人知らず›

●紫草[むらさき]は根をかも終ふる人の児の心悲[うらがな]しけを寝を終へなくに <万。読み人知らず>

●百[もも]に千[ち]に人は言ふとも月草のうつろふ心我持ためやも <万。作者未詳>

●もろこしも夢に見しかば近かりき思はぬなかぞはるけかりける <古今。兼芸法師>

●山桜さきぬる時は常よりも峰の白雲立ち増さりけり <後撰。紀貫之>

●山はしも 繁にあれども 川はしも 多[さは]に行けども <万。大伴家持>

●闇路[やみぢ]には誰かはそはむ死出の山ただ独りこそ越えむとすらめ <拾玉集。慈円>

●夕さればいとど干がたきわが袖に秋の露さへ置き添はりつつ <古今。読み人知らず>

●雪の内に春は来にけりうぐひすの凍れる涙いまやとくらむ <古今。二條后>

●世の中の人の心は花染[はなぞめ]の移ろひやすき色にぞありける <古今。読み人知らず>

●夜をこめて鳥の空音[そらね]ははかるとも世に逢坂の関は許さじ <枕草子>

●わが恋は大和にはあらぬ韓藍[からあい]のやしほの衣深く染めてき ‹続古今和歌集。藤原の良経›

和歌の浦に潮満ち来れば潟[かた]を無み葦辺をさして鶴[たづ]鳴き渡る <万。山部赤人>

●わが屋戸のいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕べかも <万。大友家持>

●我妹子[わぎもこ]が見し鞆[とも]の浦のむろの木は常世[とこよ]にあれど見し人そなき <万。大伴旅人>

●わたつみの道触[ちふり]の神にたむけするぬさの追風やまず吹かなむ <土佐>

●をしからで投げもやられぬ我が身こそ千引きの石のたぐひなりけれ <永久百首>