★野方駅ホーム。ナーガールジュナ。이십팔.veintiocho.

738~763

●中央総武各停。
763.2021年3/28 セブンイレブン中野桃園店をすぎた。そのとき男がベビーカーを押して桃園通りからきた。わたしのすぐうしろである。
 ごほっ。
 男が口を鳴らした。26くらいか。またこんな男がいた。
 中野駅ホーム。折り返し始発となる電車から何人もがおりてきた。そのうちのひとりの男は、わたしに顔をむけて歩いてきた。22くらい。わたしは歩くところをかえた。
 男が新宿から乗りこんだ。28くらい。わたしのはすむこう、ドア脇に立つ。ドアに左肩をつけている。わたしのほうを見る体勢である。ほどもなく白マスクの顔をこちらへむけた。その目をわたしの容姿に這わせた。頭のてっぺんから靴先までである。ひとながめした。値踏みである。わたしの前方にある窓ガラスを見ては、そこにうつりこむわたしを見ていた。反対側のドアがあいて人が乗ってくるときにはそこに顔をむけた。
 この男は信濃町でおりた。どんな男か見てやった。ノースフェイスの、黒のフードつきウインドブレーカーを着ているのがみえた。日曜出勤のケータイショップ店員か何かか。
 駅のホームを歩いた。ごほごほっ。うしろのほうで男が口を鳴らした。わたしを見つづけているというわけである。
 左の階段口へまがりこもうというとき、ごほごほっと、おなじ男が口を鳴らした。追いかけてきているというわけである。55くらいか。正業にあぶれて幾星霜というにふさわしい男にみえた。
 発車前の車内を歩いた。おりてくる人たちがいっぱいいたからホーム上を歩けなかったからである。男性63くらいのうしろをいく。この人は連結部のドアをあけてしめるとき、わたしがきていることに気づき、ドアに手を添えてくれていた。こういう人だっている。
 予定の駅でおりようとするとき、ごほっとうしろから口を鳴らされた。鳴らしたのは23くらいの男か。ドア前に立っているわたしを見ていたのである。

セブンイレブンの女。中央線各停の女。
762.2019年5/29 きのうセブンイレブン高円寺駅東店で、昼ごはんになるものをカゴにいれていた。右のほうから女が近づいてきた。48くらい。こぎれいなかっこうをしている。ずんずん近づいてくる。むしろ寄ってくるといったほうがあたっていよう。体をわたしへとむけ、顔だけを商品棚にむけている。商品に関心があるふりをしている。
 そこにあるどれかを買うつもりでいた。けれども、女の不道徳な攻勢にあって、そこを離れた。女はわたしがどこにいるのか見えるほうへと動いた。わたしが動くと、女も動いた。
 女はおにぎりを見ている。それが目的で店に入ってきたのだろう。まずどういう人がいるのか見定めないでは静心なくいられない。こういうたちの女、日頃何もしていない女である。
 このあと、高円寺駅へいく。中央線の三鷹行きのほうが先にきた。東西線直通よりも込んでいるのが常である。あまり乗る気はしない。
 ドアをむいて立った。長椅子は乗客で埋まっている。そのむこうに女が立っている。20才くらい。体をわたしにむけ、スマホをしている。ドアに右肩をむけ、長椅子越しにちらちらこっちを見ているのにちがいない。やりきれない女がまたいた。
 たまらずひと駅でおりた。次にくる東西線のほうが気楽だからである。ホーム上を歩きつつその女のほうをみると、女はドア脇にいた。あいているドア枠へとなかばからだをむけ、寸前までわたしの行動を見ていたとわかる目をしている。腕組み。スマホは見ていない。電車内スマホなんてはじめからカモフラージュだ。人を標的にすることで存在を固める。普遍だとか神だとか、まるっきりもたない。
 阿佐ヶ谷駅ホーム。荻窪寄りの片ほとりにいた。遠くで女が新宿方面行きを待っている。40くらい、スマホである。顔をこっちへとふりむけた。
 ようやく、遅れて電車がきた。人がいなさそうなドア口をさがした。線路のむこう、女がベンチにすわっているのがみえた。42くらい。快速電車を待っている。髪をかきあげつつわたしに顔をむけた。髪のかきあげ。これもまた人の注意をそらすカモフラージュの行為であるといえよう。ホーム上にぽつんといるわたしをずーっと見つづけていたのだろう。人を見る女がまたいた。

●いつものこと①~⑦。
761.2019年5/26 ①きのう、中野へと歩いていた。長い一本道のむこうからカップルが手をつなぎあってくるのがみえた。二十代前半くらいである。言葉をかわしあってはいない。住宅街の道幅をせまくしているように歩いている。男がわたしを目にとめ、その顔をこちらにむけつづけた。女もまたしかりである。ことに女のほうは我がもの顔をしていた。
 右手をかざし厭悪の情をみせてやった。女はこれに反応し、目つきをかえた。この程度の女である。菩提心だとか仏性だとかにまるきり無縁のひとにみえた。
②夏目坂への道において女がマンションからでてきた。42くらい。道のマンション側のほうをわたしとおなじ歩度で歩きだした。わたしは疲れていた。早足になれない。女がこちらに顔をむけることを予想し、踵をかえした。女はこれに反応した。わたしに顔をむけ、目を見ひらいてこちらを見ていた。世俗内につかりきった女にみえた。
セブンイレブン。洗面所からでると、男がごほっと口中音をたてた。22くらい。ATMをつかっている。わたしに見られると思ったのだろう。
早稲田駅改札へと階段をおりていく。ごほっ。後方の上から口中音がとんできた。それで改札へいくのをやめ、別のほうへいく。男を見てやった。22くらい。けちな男だ。
 改札をぬけた。ホーム上を歩く。ベンチにすわろうとする男が、まさにさっきの男であると服の色具合からわかった。男は腰をおろそうとしつつ、歩いてくるわたしへと顔をむけた。
 ごほっ。
 またやった。高卒で働いている男がまたいた。犬なみの脳みそしかそなわっていない。
東西線落合駅に着いた。すわっている女が立ちあがりつつ、ドア前に立っているわたしへと顔をむけ、わたしを見た。長椅子にすわってスマホをしていた女24?である。人を見ないではいられないのはおのれのなかに浸るべきものがないからである。
⑥ミネドラッグ中野店。買おうとするものがあった。そこに女がいた。22くらい。何をしているのやら立ちどまっている。その脇をとおって奥へといき、洗剤二袋を手にレジ前へもどった。ふりむくとその女がまだそこにいる。ただいるのではない。何か飲みつつも、体を顔をわたしにむけつづけている。商品と商品の隙間からこちらをうかがい見ていたといってよい。
 こっち見てる。
 いってやった。店員男性22くらい大学生ふうにそういってやった。彼はその女のほうを見た。女は感じとったのか、わたしが店をでていくときにはもうそこにいなかった。人を見るという所為がそもそも非道徳的なものだと思うことがない。そういう女がまたいた。
中野駅南口から西に歩いてファミマへ入った。女45くらいはわたしのあとをつけるようにきた。わたしがパンを見ていると、女はパンコーナーの左端にある棚の陰に入りこんだ。商品を見るふりをしながらわたしの動静を気にしはじめたのである。絶対にわたしよりも先に商品を手にしない。のみならず、先にレジにいかない。この手の女以外ではありえないと思えた。
 何も買わず、店をでた。歩いていけばセブンイレブンがある。たまにはファミマでヤマザキパンをと思ったのがまちがいであった。

●女がやりたい放題のことをする。キッチンオリジン上石神井店。ホイットマン
760.2021年3/18 女がガラス越しに商品をのぞきこんでいる。24くらい。わたしがこの店に入っていくと、この女がつづいた。高卒にみえた。わたしが入ったのを見て、あとをつけてきたようにもみえた。
 パックの総菜を次々にカゴにいれていく。このときその女が体をわたしにむけつづけこちらを見ているのがわかった。こういう女に背をむけて自分のことをした。
 レジにいく。女はわたしの左うしろにいた。そこにいつづけ、わたしに体をむけつづけた。わたしが何を買うのかを見つづけた。髪型も上着も、リュックもズボンも靴も見ていたのにちがいない。
 女はなぜにそんなところにいるのか。人はちかくにいるだけで一定のストレス源になる。注文したものを待っているのではなかった。なんとなれば奥にいた店員女性もわたしの買うものの小袋詰めに加わったからである。
 徹頭徹尾うしろから見つづける。こういう魂胆がありありとしていた。とりも直さず、女はまだ何も注文せず購買行動に一歩も踏みだしていなかった。人に見られるより人を見るほうをえらんでいる。もしわたしが順番待ちをするならそんなところにはいない。
 たちのわるい女だ。この店のレイアウトが、コンビニによくいる類型女よりも性悪さをきわだたせている。どんな病弊におかされているか考えたこともないのであろう。放逸無慙といってもいい。
 ふたりの女性店員がパック総菜の汁もれにそなえて小袋に詰めている。そのひとりにうしろの女のことをぶつくさいってやった。いっているうち、わたしはキレそうになった。この間、何度かふりむいて女を見てやった。白マスクの上の目元に化粧をしている。出勤前のキャバ嬢か。恥の感覚がまったく欠如している。わたしの上気に気づいたのか女はスマホを見はじめた。だがそこからは離れない。
 こんな女に何かいってでていった。興奮まかせに何をいったのか覚えていない。
 ホイットマンは『草の葉』のなかでこう書いた。

 あわただしくくずおれる波、さっと砕ける波がしら、渚にうつ波の音、
 彩雲の層、はるか彼方に、ただひとつ見える紫がかった長い砂州、静かに横たわる砂州のすがすがしい展開、
 地平線の端[はず]れ、飛び翔[かけ]る海鳥、海水の溜りと渚の泥の匂い、
 それらはすべて、日ごと家を出歩く少年の一部分となった。

 あの女は、俗世の金円まみれで生きているだけだろう。

エスカレーターの男。そうまでして人を見たいか。女が顔をそむける。男が体をむける。
759.2019年8/1 駅の長いエスカレーターに乗っておりていた。ごほっと口中音がした。うしろ上のほうからである。わたしはてのひらで、ぱぁーっとやってやった。ごほっ。ふたたび口中音がした。ぱぁーっとやった。
 次のエスカレーターにはまがりこまなかった。前方へいく。ごほっ。また音がした。口を鳴らす当の男が次のエスカレーターへとまがりこむときにわたしを見てそうやったのである。そのしつこさといったらなかった。情操を欠く男である。46くらいの屑サラリーマンか。
8/11か8/12 鍵型に折れまがっている路地がある。その手前から軽ワゴン車がバックしてくる。せまい道である。わたしはよけた。住宅の敷地に入りこむほどであった。運転手の男は48くらい、後方ではなく真横のわたしに顔をむけつづけてバックをつづけた。そうまでして人を見たいか。
8/14 高円寺駅北口始発のバスに乗る。赤羽駅東口行きである。最前列は一席しかない。そこに先頭にならんでいた女性がすわった。38くらい。だからわたしはいっとう奥の右にすわった。
 出口はなかほど左にある。そのすぐうしろにすわった男は74くらい、チロリアンハットのような帽子をかぶっている。この男は上体をねじり、顔をわたしへとむけた。わたしをたしかめた。
 ただちに席を左端へとかえた。すいているというのに68くらいの男がわたしのいくつかむこう、さっきまですわっていた右端にきた。うそうそと落ちつきがない。何度も何度も首をめぐらし、わたしを見にかかった。わたしはファイルで防御するのに忙しかった。
8/14 路地の三叉路から女54?と孫の赤ん坊、女26?があるいてきた。祖母が孫を抱きかかえているようだ。わたしとすれちがう前からこの祖母たる女は顔を180度そむけきっていた。だからわたしは小手をかざし視界をせばめて対抗した。
8/14 駅のホームにて男23?はカバンをホーム上においていた。この男を避けて歩いていくと、この男はカバンそっちのけでわたしに体をむけた。わたしの動きを追う。またこんな男がいた。勤め人か。意外と男子高校生なのかもしれなかった。

●都立井草高校の生徒?オリオン書房
758.2021年3/18 上石神井駅の改札をでて右をとった。階段をおりていく。うしろ上からすーっ、すーっと鼻を鳴らす音がきこえてきた。男がわたしにむかっておりてきているとわかった。早くいけというわけだ。わたしを抜いていく気はない。
 おなじような音をだしてやった。もっとも前方下へである。
 ごほごほっ。
 その男が口を鳴らした。わたしが地上におりきったタイミングを見計らったように思えた。わたしはふりむいて、やりかえした。男はううっと痰を切るようなまねをした。風邪をよそおった。こちらを見ることなく、しらっぱくれている。
 男はオリオン書房のむこうの道を右へいきつつ、顔をわたしにむけた。確信犯である。18くらい。高校生にみえた。その方向にあるのは都立井草高校である。同駅を最寄り駅とするもうひとつの学校、早大学院からすると、学力が数段おちる。おのれの能才へか、家庭環境へか、不満がたまっているのだろう。
 この男は例外ではない。うようよいるうちのひとりである。

哲学堂公園
757.2021年2/26 南長崎スポーツセンターへの道において、ごほっと女が口を鳴らした。47くらい。カーブの道をあいだにすれちがったときだ。やりかえすと、またもごほっとやった。またこんな女がいた。
 哲学堂公園沿いの道にバス停がある。道のむこう側のそこに男がいた。22くらい。顔をわたしにむけている。じーっと見つづけている。見る見られるは相依関係にあり、そんなようすがわたしに見られているとわかっているはずもなかった。わたしは右手をかざしつづけ、ずんずん、ゆるやかな坂をのぼっていく。

●男が四つ辻で立ちどまった。
756.2021年2/24 辻公園がある。その北側の道を、公園から離れて歩いていく。四つ辻へと男が歩いてくるのがみえた。32くらいか。左から右へ、わたしの正面へきそうである。このままいくならちょうど四つ辻のまんなかでかちあう。
 男がまっすぐ突っ切るのか、どちらかへまがるのか。わたしは測ろうとして測りかねた。男は歩度をゆるめた。とまった。体をわたしにぴたりとむけ、こちらを見ている。眺めている。ははあ、これが目的だったのだ。わたしが歩いてくるのに気づいて、わたしを見ようともくろんだというわけである。
 この男は何者なのか。わたしは右へとって歩いていきつつ、ふりかえった。男は公園内へ入っていく。どうやら幼児といっしょにきているらしい。人を警戒し、あんな挙にでたのである。わたしは道を歩いているだけであり、住居侵入者というようなものではない。
 倨傲を絵にかいたような男がまたいた。容姿はまとも、だが心内は骨粗鬆症のごとくすかすかである。高卒男。

●鷺ノ宮踏切を渡る。キッチンオリジン鷺宮店。セブンイレブン新宿喜久井町店。
755.2019年7/11 西武線鷺ノ宮駅の踏切において遮断機があがった。踏切内に入っていく。前方には先に渡りだしていた何人もの人がいた。
 ごほっ。
 うしろから思いっきりの口中音がとんできた。ふりかえると、不美人顔の女がきていた。46くらい。目を見ひらいている。苦しそうでも何でもない。よくいる類型女にほかならない。
――わざとやった。
 わたしはいってやった。女の表情はかわらない。目はかっと見ひらいたままだ。踏切を渡るだけのことになぜにいらつくのか。さっぱりわからない。
 後方へとしりぞき、この女を先にやった。腰のくびれのない女。紺色のふだん着のワンピースである。
 日頃何もしていなさそうにみえた。高卒にちがいない。そんな女を見ることになって、目は腐りそうであった。
 キッチンオリジン鷺宮店がある。駅名とちがってノは入らない。店内に女がいた。32くらい。職場の休憩中に昼ごはんを買いにきたというふぜいである。この女は総菜の前にいるばかりで容器にとろうとしなかった。わたしがいるのを意識していたからである。先にとる気はない。そう決めているのだとみえた。
 トングで容器にいれているときのこと、この女はすぐうしろにきていた。人をうしろからとっくり見ているというわけである。またこんな女がいた。学問なし宗教なし芸術なしの世俗人である。
 鷺宮プールに女がいた。63くらい。下腹ぽっこり。白系柄物の水着からすると常連である。コース内の端にいるばかりでいっこうに泳ぎださない。わたしの泳ぎっぷりをじーっと見ている。わたしが折りかえすにあたってコース端を歩いていくと、邪魔なところに居つづけていた。そればかりか顔をわたしにむけた。
 うえーっ。きもちわりー。
 ひとつところにとどまって足踏みをしているのが頭の揺動にあらわれていた。こういう行動のひとつひとつが常連のくさみを裏書きして余りあった。
 バタフライができる。だがわたしより先には絶対に泳ぎださない。こういう女の前方を泳いでいく気がせず、休憩時間前に水からあがってしまった。
 セブンイレブン新宿喜久井町店に勤め帰りふうの女がいた。30くらい。この女は牛乳やヨーグルトのある棚の前にいて動かない。わたしがヤクルトをとると、何をとったのか見ている始末であった。
 わたしより先にレジにいくことはないと踏んだ。わたしがレジの列にいると、この女はわたしが視界に入るところにきた。商品を見るばかりでひとつもとらなかった。それはそうだ。わたしを標的に定めたのだから。アイスボックスをはさんでこちらにまともに体をむけた。そのカバーガラスをひきあける。どういうアイスをとるのかわたしに見られないと思ってそういうことをやっているようにみえた。
 ふたつめのレジがあいた。こんな女の視界から逃れられた。

●有象無象の連中。すき家高円寺南口店。
754.2019年7/2 高円寺駅へと歩く。ごほごほっ。よくある口中音がきこえた。目をむけると女がいた。35くらい。ちいさな四つ辻の角にある、これまたちいさなよくある三階建ての一戸からでてきている。目をむけたわたしを見ている。わたしが気づいてもいないときに逸早くこちらに気づき威嚇の口中音をたてたというわけだ。自転車でどこかへいくというとき、おのれの動作に没入できず、だれかきていないかとまずもってあたりを見渡したのである。セルロイド枠のめがねをかけていた。身なりは上等、心眼はゼロという獣性むきだしの狂犬である。心耳をすますというようなことはまったくない。お金、お金で生きている。家のローン返済に苦境にあるのかもしれない。何かの不満を赤の他人にぶつける。ただそれだけの浅慮の女。何がどうあっても菩提心をおこすということはなさそうだ。
 数日前に見かけたことのある女にみえた。自転車でわたしとすれちがい、何分かのち今度は自転車でわたしを追いこしていった女である。
 むかし理容店の店主が革砥でカミソリをといでいた。狂犬のごとき女や男が革砥である。それで刃をとげよう。
 この日、阿佐ヶ谷の鳥安に久しぶりに寄った。チキンカツのおいしい肉屋だ。経営者の妻なのか母なのか海老腰の人が応対にでる。八十はとうにこえた感じの人である。耳が遠い。わたしの注文をまちがえたりで手間どっていた。
 ふりむいた。うしろに女がいる。38くらい。わたしに体をぴたりとむけて待っている。体はそのままに顔だけをみごとにそらした。よくいるていの女がまたいた。
 高円寺のすき家へいく。男65?が受付で注文をしている。わたしに気づくと、右肩を受付台へとむけた。左目でわたしのようすをさぐりさぐりしている。わたしはこんな男ではなく壁をむいて、おわるのを待っていた。
 注文をおえた。その男がうしろのほうにいるのはわかっていた。わたしに体をむけてきた。
 店外にでた。
 男がでていってから店内にもどった。今度はレジ前ちかくに女が立っている。35くらい。わたしが注文品を待つのにレジ前に立つと、この女はわたしへと体をむけた。壁寄りに立っている。思う存分わたしの後ろ姿を目におさめることのできる体勢にある。
 ふたたび店の外にでた。5才か6才くらいの女児が自転車にまたがり、前輪を店にむけている。さっきの店内の女が母親らしかった。
 三人の20才くらいの女らが店前にきた。店内に入ろうかどうしようか思案しているようにみえた。あの女が何だかあわてるように店の外に、わたしのいるほうへ駆けてきた。女児に危害を加えると思ったか。さっきはわたしを後ろから見つづけることで存在を保っていたけれども、わたしが外にでたためにレジ前に居づらくなったのだろう。
 またも店内のレジ前へいった。女はわたしのあとを追ってきた。またもわたしの後ろ横に立った。この女も何か持ち帰りを注文済みのようだった。しつこさは俗人女の特徴である。
 こういう女に背をむけた。自分の注文品をうけとった。くそったれ女。椅子にすわっている客らにそうつぶやいて外にでた。すき家にくると、たいていこんなふうだ。

●ミネドラッグ中野南口店。
753.2019年6/30 中野サンプラザの向かいに歩道がある。そこを歩いていると、男がうっと口中音をわたしにふきかけてすれちがっていった。23くらい。人の存在様態への想像力のない愚物であった。大卒にはみえなかった。
 ミネドラッグに男がいた。24くらい。この男はわたしを正面から見る、眺める、観察することができるように棚を見ているふりをしていた。黒枠めがねをかけたいかにも高卒ふうであった。俗臭ふんぷんたる男であった。
 ローソンへいこうと角をまがった。むこうからカップルがならんできていた。各人20代前半である。
 うっ。
 男が口中音を投げつけた。女といても何も会話をもてていない男である。義俠心など毛ほどももちあわせていないだろう。仲間内だけの別天地を見境もなく渇望しているのにちがいない。
 ふたりの後ろ影を見てやった。うっ。おなじことをしてやった。女がふりむいた。動物同然にふりむいた。まぎれもなく高卒カップルであった。

ふたりの女がおなじことをした。
752.2021年2/11 建国記念日。オリジン上石神井店に入った。女がいた。45くらい。調理待ちをしているらしかった。ごほっ。女は口を鳴らした。わたしに顔をむけ、こちらを見ていたわけである。わたしは女の顔まで見ることはなかった。またこんな女がいた。
 2/12 高円寺駅南側を歩いていた。むこうから女がきている。20才くらい。わたしを見ているのは明らかだ。わたしはロータリー沿いからJRの高架側へ寄った。ごほっ。女は口を鳴らした。あいだをとってすれちがうときだ。わたしはやりかえした。倍返しをしてやった。

まいばすけっと中野三丁目店の女。中野桃園通り。
751.2021年2/13 用があって東高円寺への商店街を歩いていた。
 うっ。
 女が口を鳴らした。自転車の女が右脇を通って前方へいく。56くらい、高卒ふう。またこんな女がいた。人の耳に音をねじこむことがどういうことか、まったくわかっていない。うしろからわたしを見つづけてきたのである。凡なる肉眼だけをそなえていよう。
 この商店街を大久保通りへともどっていくとき、むこうからきている男がいた。68くらい。めがねをかけている。高卒ふう。道を斜向し、わたしにむかってきた。個力の弱い男がまたいた。判でおしたような類型の汚穢にどっぷりつかっている。自家の貧寒さに気づいていない。
 桃園通りにまいばすけっとがある。もらったレシートを見ると、中野三丁目店である。牛乳をとろうとしているとき、女がわたしに体をむけて歩いてきていた。21くらい。近づいてきてわたしが牛乳をとりかえるところをも見ていた。
 この女はわたしに体をむけてわたしのいくほうについてきた。あとをつけ、わたしの動きを追っていたのである。先にレジにはいくまいとの確固たる意思が透けてみえた。
 予想どおり、わたしがレジ会計に入ったとき、この女はレジ待ちの先頭のところに立った。またこんな女がいた。
 店員バイトの女性は18か19くらいにみえた。持参したレジ袋を積極的にうけとった。手際よく牛乳やサンドイッチを入れた。わたしは電子マネーをつかうので、こうしてくれたほうが早くすむ。この店ではどの店員さんでも男女の別なく、おなじようにやってくれる。この店にかぎらない。まいばすけっとはおしなべてそうだ。接客教育が行きとどいているのだろう。しかるに、セブンイレブンはどうか。ファミマはどうか。お寒い。バイト店員はほとんど皆、わたしがもってきたレジ袋に商品を詰めるあいだ、ひまそうにしている。このあと財布からカードをとりだすのをじーっと見ている。ひでえな。
 追記。2/17セブンイレブン阿佐ヶ谷駅南口店。商品をレジ袋に入れていた時、男性店員20?は、おいれしますよといってレジ袋をうけとった。残りの商品を詰めてくれた。この間に電子マネーをとりだし支払いをすませた。こういうほうが早くおわる。だがこんな店員氏はまれである。

●無能を掲揚するんです。
750.2021年2/10 中杉通りにおいて、むこうからきている男が、ごほっとやった。26くらい。非正規社員で、ろくでもないことをしているようにみえた。
 高円寺。セブンイレブンへむかっているときだ。
 ごほっ。
 だれか男が口を鳴らした。ふりむくと、道のむこうの建物の前に男がいた。48くらい。この男は体を歩道側へむけている。顔をわたしへとむけ、半分にやにやしている。キャバクラの呼びこみ男である。そこにあるのは熟女なんたらか。高卒。もしくは高校中退か中卒。
 裏道を歩く。商店がいくつもあるから裏道とはいえ、まだクルマ社会ではない頃には主要道のひとつであったのだろう。
 ごほっ。
 また口中音がした。うしろからである。自転車の男が脇手を前へいく。23?いちいちやる必要もないことをやったのである。徳義心のつちかわれない仕事のサラリーマンなのだろう。またこんな男がいた。
 道に面している家から女があらわれた。53くらい。犬の散歩である。わたしを見てから、道をわたって反対側へいった。
 ごほっ。
 女はまずそうやった。ななめうしろをきているわたしに一発かましたのである。
 やりかえした。女は二発目、三発目をやった。そのたび、わたしはやりかえした。だいぶ歩いたときに女がまたもごほっとやったから、わたしが環七の交差点方面へと歩いていくのを犬なんてそっちのけで見つづけていたのにちがいない。

●東急ストアの男。ソーシャルディスタンス。
749.2021年2/9 高円寺駅高架下に東急ストアがある。レジで会計中、うしろに男がきた。33くらい。サラリーマンふう。ソーシャルディスタンスどころではなく、三十センチくらいまで接近した。わたしに体をむけている。顔はわたしの靴にむかっている。またこんな男があらわれた。独行の精神をもちあわせていない。奇傑とは雲壌の差があろう。救治しがたき男だ。わたしはこんな男に背中をむけ、レジに左肩をむけていた。

セブンイレブン阿佐ヶ谷駅南店。キニマンス塚本ニキ。

748.2021年1/25 TBSラジオ夜十時からキニマンス塚本ニキの帯番組がある。宮台真司がでていた。この国の人たちの劣化を語った。没人格化という言葉もつかった。同感である。
 きょうこんなことがあった。阿佐ヶ谷の“からあげの天才”でからあげを頼んでいたとき、左すぐ横に女がきた。55くらい。うしろではなく横である。スマホ片手に体をわたしにむけて順番待ちというわけである。わたしはこんな女に背をむけて立った。お金を払い商品をうけとるまで、女が体勢をかえることはなかった。人を見ることでそこにいられるというわけである。情緒欠乏症である。またこんな女があらわれた。
 こんなこともあった。セブンイレブン阿佐ヶ谷駅南店で順番待ちのところにつこうとすると、レジ清算をおえた男がもどってきた。23くらい。作業着姿。元いたレジ前にむかいながら、わたしにむかってごほっとやった。わたしはあくまでも順番待ちのところにいただけである。高卒だけに赤の他人を威嚇排撃しないではいられないというパターンである。倫理欠乏症である。またこんな男がいた。
 宮台がいうようにクズ人間ばかりがあふれている。クズ社会はクズを量産すると宮台はいう。

●ばか女ひとり。男が口を鳴らした。
747.2021年1/28 横断歩道の前で信号がかわるのを待っていた。近づいてくる女がわたしを見ているとわかった。24くらい。
 こっち見てる、こっち見てる。
 いってやると、女は歩みつつさらにわたしへと顔をむけた。
 わたしが横断歩道をわたると、女はもどってわたしのあとをつけにかかった。
 翌日。中野駅方面へ。
 ごほっ。
 うしろから口中音がとんできた。最前作業着姿の男35?が紙を手に歩いてきているのを見ており、折しもこの男から数メートル先で左にまがったのである。この男が口を鳴らした。金銭追及自己満足類型の男がまたいた。

中野駅ホーム。優先席。
746.2021年1/27 男が自販機を背にし体をわたしにむけつづけている。63くらい。わたしが目をむけると寸前に、目だけをそらしていた。こんな男は没人格、没個性の表象である。よくいる。
 同日。優先席の連結部寄りにすわっていた。
 ううっ。
 だれかが口を鳴らした。ドア脇に男が陣どっている。30?コート姿。わたしに体をむけ、こちらを見ているとわかった。口を鳴らしたのはその男であるのにちがいない。
 お茶の水から何人もが乗ってきた。女がわたしのななめ前に立つ。26くらい。その目をおろし、わたしを見ている。見つづけている。
 走行中、席を立った。となりの車両にいく。その女がわたしを追いかけるようにやってきた。人を標的にしている。避けられた腹いせか。人を相手にすることで存在感を増そうとしている。
 元いたところへもどった。すわった。

●類型者、また類型者、また・・・。鷺宮プール更衣室。ヴェイユ
745.2019年6/13 鷺宮プールへとむかって環七の歩道を歩く。女63?が体をこちらにむけて立っているのがみえた。バス停である。体を車通りにむけることなく、だれが、どんな人がくるのか気にしている。胸内を隠そうともしていない。無学にして無宗教の女だ。バス停の前にこういう女はよくいる。
 まっすぐすすむのをやめた。そんな女にむかっていくのをやめ、枝道へ入りこむ。区立小学校の敷地沿いに角をまがるほかなかった。ということは遠回りである。T字路で右にまがるつもりでいるとき、その右手から女三人、いずれも四十がらみがあらわれた。そのうちのひとりがよくあるように歩きつつ顔だけをむけてきた。わたしは見られることを厭い、左手をかざして視線を閉ざす。最前この三人がくるのが遠くに見えたから環七の歩道を歩きつづけていた。遠回りの末にずけずけ見られることになった。
 太陽が照りつけていた。日傘を手にする女52?がむこうから歩いてきているのがみえた。すれちがうとき日傘で顔をかくすのが目にみえていた。思ったとおりであった。
 かくしてるぅー。
 わたしがいうと女は日傘の縁から顔をみせた。茶色いサングラスをはめ、いやに着飾っている。またこんな女がいた。
 住宅街の交差点に交番がある。無人のことが多い。というより警察官がいるのを見たことがない。そこにこの日は当の制服の男がいた。48くらい。交番の前に立ち、車はあまり通らないから人を見ている。わたしがきているのに気づくや、類型者の反応をみせはじめた。巧妙に体のむきをかえる。とおりがかるほかのだれかに目線をもっていきつつも、とうとう体をわたしにむけきった。顔だけはちがう方向をむいている。この顔が、ちかづいて左をとるわたしにじかづけにむかってくるのは炳として明らかなことに思えた。職掌に忠実に邁進するというわけではなく、暇でしかたがないとみえた。わたしは右手を小手にかざしてそこから離れていった。
 鷺宮プールは中野区にある。更衣室では、体をわたしにむけて着替えをする人が、相もかわらずいた。だが、この更衣室がいいのはたいていの杉並区プールとはちがってカーテン付きの個室空間があるところだ。
 泳ぎおわって帰ろうというとき、男63?が更衣室の引き戸の手前で立ちどまった。帰りに渡すべき券か何かをポケットからさがしだそうとしているふうだ。わたしは先へいかず、この男を待った。
 ごほごほっ。
 うしろから口中音がとんできた。とっくに着替えおえている男68?がロッカー前のベンチにすわってまさに立ちあがるところである。よくあるように、こちらを見つづけ、いらつく感情をふつふつとさせていながら、こちらに目はむけていない。わずかな年金を頼りにかつかつの、ひとりの暮らしをしているようにみえた。むろん学問なし宗教なしである。
 帰りの交番前にはあの警察官はもういなかった。そこを右手にとってくねくねした妙正寺川にかかる小橋をめざそうとした。口笛がきこえてきた。ふりむくと35くらいの肉体労働者ふうがママチャリに乗って、幼児をうしろにのせて走ってきているのがみえた。ふりむいたわたしに目をあわせない。そのときあの警察官があらわれた。
 くちぶえくちぶえ
 わたしはいってやった。男は交差点をわたしがきたほうへとまがっていこうとする。
 くちぶえくちぶえ
 警察官の存在なんてなんのその、いいつのった。男はまがっていくほうではなく、わたしへと顔をむけた。思わぬ反撃にいささかたじろいでいるようにみえた。人のうしろ姿に反応するだけの、物事に愚昧の男にしかみえなかった。またこんな男がいた。
 ヴェイユはいう。「だれかが、わたしに害を加えてくるとしても、その害悪のためにわたしが堕落しないようにとねがい求めよう。それは、わたしを痛めつける人への愛のためであり、その人が実際にはどんな害も与えなかったということになるためである。」(『重力と恩寵』解題)
 ヴェイユのすごさは比類がない。読みかえすたびに心内に清きものがもたらされる。骨の髄にしみこんで、根底からゆさぶられる。塵俗の垢がこそぎおとされる。まさに蘇生の息吹を感じさせてくれる。

●中央線の女。
744.2019年6/13 女が中央線快速に新宿から乗りこんできた。22くらいである。夜のこととて込んでおり、通路のほうへいった。わたしは両ドアのあいだに立っていた。ひしめくほどではなかったけれども前後左右に人がいた。
 その女は緑色の服を着ていた。キャリーケースか何かを床においている。長椅子の前に立っている。端から二番目であり、わたしからはすぐそこの左手である。この女とわたしとのあいだにはだれもいない。
 女は長椅子にすわっている人のほうへと体をむけていない。はすにしている。なぜか。わたしを見るため、観察し監視するためである。わたしはそう踏んだ。小冊子をひろげつつ女の挙動を気にしていた。
 女はスマホから顔をあげ、まともにこちらにむけにかかった。わたしはすぐさま小冊子を横頰にもっていく。たまったものではない。キャリーケースか何かをもっていなければスマホを手に体をわたしにまっすぐにむけたかもしれない。前に東西線でそういう女23?がいた。
 人を警戒することによって自分の存在価値をたしかめる。知っている人がだれもいない電車のなかで心的にひとりでいられず、だれか標的を見つけ、さげすむことによって、あるいは何かを思うことによって心慰めとする。みずからの方向性の定まっていない部類の女がまたいた。

●女が横断歩道を歩く。
743.2019年6/11 きのう昼、大久保駅ちかくの横断歩道を渡るにあたって信号待ちをしていた。といっても建物の出入口に入りこんで建物側をむいたり歩道の先のほうをむいたりしていた。この姿を女が熟視していたのにちがいなかった。大久保通りのむこう側でおなじく青信号にかわるのを待っていた女である。目を離さずわたしをとらえ、好悪の感情をわきたたせていたのにちがいない。なんとなれば霏々としてふる雨のなか、その女21くらいは雨傘を真横ほどにかたむけ、いうなれば防御の道具にし、顔をみられないようにしていたからである。そんなふうに横断歩道上を歩いてきた。さんざっぱらわたしを見ておいた末に、今度は嫌厭をあらわにした。頭の組織が男より即物的具体的につくられていると、だれかが女を評して書いていたようにその例証にまたもでくわした。女の準則ともいうべきものをまごうかたなく体現するしか能のない女であった。

●女が松屋で注文する。(疫癘コロナ以前)
742.2019年6/9 中野駅北口に松屋がある。そこに入った。気楽に食べられる座席には人がいたのでカウンターの隅に腰をおろした。いやな気がしないではなかった。食べおえた男が通路をとおってでていくにあたり、ごほっとやったことがあったからである。持ち帰りの客がすぐそばで待ってわたしを見るということもあったからである。
 女22?が持ち帰りを注文した。この女は体をわたしにむけて出入口のところに立ちつづけた。券売機と受け取り台とのあいだである。顔もわたしにむけている。
 わたしとは稟性のちがう女であると明断をくだすことができた。わたしなら食べている人に顔をむけることはない。持ち帰りを注文するときにはその場にいても体を受け取り口にむけている。ガラス越しに歩道のほうを見ている。
 女はわたしの右前方から、食べているさなかのわたしをのぞきこんだ。マスクをかけた女である。人から顔全体を見られないように防御していよう。とうとうそうやった。食べもの屋で人をそんなふうに見ないではいられないということである。内的世界が貧困なのである。またこんな女がいた。高卒女。
 左手にスプーンをもって右手で女からの視線を防いでカレーを食べていればよかったといま思う。そんな女を相手にする気は毫もなかったのだから。

野方駅ホーム。ナーガールジュナ。ホイットマン
741.2021年4/8 1番線がくるのを待っていた。高架下の先に男があらわれた。24くらい。美容師ふうである。環七のガードレールに腰をもたせかけた。おもむろにというように首をまわす。わたしを見上げている。人を見ることで、眺めることで寂寞たる荒野にひとしい内面を埋めている。
 こんな目線にからめとられないように体のむきをかえた。2番線、新宿方面行きの線路のほうをむいた。
 上石神井駅改札。Suicaタッチをしかけたとき洗面所へいっておこうと思った。もどっていくその瞬間、ごほっと口腔音がとんできた。急行のホームのほうからきている男がそうやったのである。わたしの動きを見つづけ、反応した。23くらい。高卒バイトふうにみえた。もっとも、じかには見ていない。またこんな男がいた。
 上石神井体育館。出入口で手の消毒と検温のあと、受付のほうへと足をむけていった。男が前かがみになって何か書きものをしている。15くらいか。中学生?首をねじって顔だけをわたしにむけつづけていた。わたしが近づいた頃に、スローモーションのように顔を用紙へともどした。またこんな男がいた。年若にしてこれである。親がすることの真似をしているのか。同年代の子のか。このあと、わたしがいるほうへと体をむけつづけた。人を見つづけた。家ネコが訪客にたいしてむけるような目をしていた。
 見ること見られることの相依性にまったく気づいていない。心的魯鈍である。
 西武線各停。走行中、男が席を立った。68くらい。わたしにむかってくる。わたしを見たくてならなかったのである。体をこちらにむけつづけて、顔をこちらの頭上の広告にむけている。この体勢で駅に着くのを待っている。わたしは席を立った。
 鷺宮駅ホーム上で急行を待った。左手の先に男がきた。54くらい。非正規労働者ふう。この男は下り線のホームへと45度体をむけて柵にもたれるようにしている。こうしてわたしをとらえつづけた。
 そこを離れた。階段口へとむかった。
 仏教学者の中村元は『龍樹』のなかで次のように書いた。なお、慈悲のサンスクリット語が添えられているが省略する。
「〈空〉はすべてを抱擁する。・・・・・・空を体得する人は、生命と力にみたされ一切の生きとし生けるものに対する慈悲をいだくことになる。慈悲とは、〈空〉――あらゆるものを抱擁すること――の、実践面における同義語である。」
 上記の男らは皆、おのれに実体があると思いこんでいよう。むなしきおのれを押しだしていたというわけである。
 ウォルト・ホイットマンは「奇蹟」において「すべてのものは相関連し、しかも、おのおの独自のものをもって、その定めの位置にいる。」というけれども、かれらはひとりとして独自のものなどとんともたない。

●薬局の女。
740.2019年6/5 待合室に女がいた。55くらい。うっと口中音をたてた。名前がよばれてわたしの前をとおっていくとき、うっうっとまたも口を鳴らした。学知のない女であると広言しているにひとしかった。
 調剤薬局のいすにこの女がすわっているのがみえた。出入口にちかづいていくと、顔をわたしにむけた。わたしの気持ちは萎えるばかりであった。この女がいなくなってからいくことにした。女は立ちあがり、外のようすを見た。落ち着かない女だ。ちかづかないにかぎる。ううっだのごほっだのやってくるだろう。
 女が外にでた。外にいた男54くらいと連れ立って歩いていく。夫とともに行動していたというわけだ。ひとりでこれないというわけだ。

高田馬場。池袋。
739.2019年6/5 高田馬場駅ホームにて男がケータイで電話中、体をわたしにむけていた。26くらいである。わたしが場所をかえると、わたしのいるほうへと体のむきをかえた。こんな男はよくいる。
 そこを離れていく。ベンチは線路にT字になるようにつくりつけられている。そこにすわっている女が、寸前までわたしを見つづけていたとわかる目の動きをした。45くらい。わたしと目をあわせることはなかった。
 池袋でおりようというとき、男がわたしの左にきた。21くらい、大学生ふう。はあーっと息をふきかけて、わたしのうしろにまわった。こんな男を見てやった。こんな男のうしろにまわった。イヤホンの切れ端を耳にはめたこの男は、ごほっと口中音をたてておりていった。外貌だけは都会風にととのえていた。高田馬場駅からずっとわたしを見ていたのだろう。

セブンイレブン中野桃園店の女。老女がバスを待つ。
738.2019年6/3 きのう同店レジカウンターでじいさんが、ひとりになっちゃったとつぶやいた。店員女性48くらいが反応した。
「いつから?」
 女は訊いた。こたえがないと「お子さんは?」と、たたみかけた。哀れんだ表情がこぼれんばかりである。人に聞かれることを何とも思っていないとみえた。その俗物根性といったらなかった。
 男の腰はまがっていた。80くらいか。このあと自転車でわたしの横をとおっていった。
 同日。赤羽駅前を歩いた。
 ごほごほっ。
 うしろから口中音がした。ふりむくとスマホを手にした女が、見ひらいた目をわたしにむけている。48くらい、肥胖気味。わざと口中音をたてた。
 バス停でバスを待った。あとからきた女がベンチにすわった。73くらい。わたしのうしろについていた女子高生をぬかしてである。ベンチはわたしよりわずかに右前にある。この女がわたしより先に乗ることになりかねない。わたしは先にそこにすわっていた女63?の前ほどにすすみでた。ふたりの女は知人でもなさそうで、それなのにべちゃべちゃしゃべりあった。
 列は長くなっていた。高円寺行きのバスがきた。先頭の男38?は、すわっている女63?を先にいかせた。ベンチにすわっていた女がいちばん最初にきていたというわけか。
 わたしは73?の老女を先にいかせる気はなかった。だが、こちらは女子高生よりも先に、いけしゃあしゃあと乗りこんだ。いくら年老いているとはいえ、こんな乗り方ってありか。