★再婚の妻が初婚の夫の親友と関係を。大迫恵美子。육.seis.

145~170

●コピー機の女。吉祥寺ファミマ。

170.2009年5/6 吉祥寺ファミリーマートの一店でコピー機をつかっていたとき、やや後ろに人の気配があった。ふりむくと二十代くらいの女が立っていた。

――コピーですか。

 わたしはそう訊いた。気を利かせたつもりだった。

 女は素っ気なく首をすこし縦に動かした。けだるそうに。かかわりたくもないといわんばかりの、冷淡さと紙一重の態度をとった。

 その後、わたしはコピーの予定を切りあげ、どいてやった。女は本のコピーをやろうとしていた。早くしたいだけの勝手な奴だったのである。わたしなら、人のすぐうしろに立っていることは断じてない。

●男。牛乳を持参する。マック中村橋店。

169.2009年5/6 マック中村橋店常連の中老の男は、百円で買った紅茶に、持参の牛乳か何かを混ぜいれた。それはいつもやっている物慣れた行為である。何かをしている最中に、鼻の穴をほじった。となりにわたしがいるのも何のその、何度もそうした。そもそもこの男は席にすわる間際、何秒かわたしに尻をさらしていた男だった。やがて、声をたてて咳ばらいをした。紙を音たてて切り離した。力をいれて座面の腰の位置をかえた。

 男はしょっちゅう鼻の穴に指をいれ、また手を顔のどこかにもっていったりしわたしをいらだたせた。とどのつまり何かをしているようで自己滅却的には何もしていなかった男である。

 帰るとき、ふたたびわたしにケツをみせてバッグに持ち物をいれ、ズボンの両の脇ポケットに両手を突っこんで帰っていった。

●三点盛り。日高屋の男。

168.2009年5/3 日高屋荻窪店においてとなりにきた男がいた。五十代くらいの男であった。この男はいきなりサンダルばきの足を組み、正面のほうをむくでなし横むきに、要するにわたしをしかと視野にいれて、もったいぶった口吻で三点盛りなどと注文した。そのあと、すかさずといったていでわたしをじろりと見にかかった。常連の臭みをぷんぷんさせていると他人に思われていることに何の意も払っていないといった愚物であった。やがてこの男は、つけめんをずるずると音たてて食べていた。そのときにはもうわたしには目をむけていなかった。わたしが鼻水をふいた手の甲をジャージにこすりつけたのを見ていたからである。愚には愚をの手が実効をもっていたというわけだった。

●男、妻、娘。ローソン西荻北店。

167.2009年5/3 ローソン西荻北店にいた男は、両手をスラックスの脇ポケットにそれぞれ突っこんで上体をそり気味にパン売り場でパンを見はじめた。五十代か六十代にみえ、妻、それに娘を連れているようだった。その格好といい歩き方といい尊大を絵にかいたような外面ぶりであった。内面のほうはいかばかりであったか。内面の襞のどこかで人を見くだす色がぎらついていたにちがいない。

●半ズボンの少年。愛を知らない。大原敬子。

166.2009年5/1 ある33才の女性は同い年の夫と結婚生活を送ってきた。いま一年九か月のこどもがいて、さらに妊娠九か月の身重である。結婚して三年になる。結婚式の式場やらあれやこれやについて相手の両親がしゃしゃりでてきて決めた。お金はださず口だけだした。以来彼とのあいだで喧嘩が絶えなかった。 彼はもともと彼女の実家ちかくで働き、独身寮に入っていた。ふたりは紹介されて知りあい、二年の交際を経て結婚に至った。あつあつの恋愛関係だったのに、彼女は彼の見たこともなかった面を見るようになっていく。

 あるとき彼女はこういった。

「こどもに手がかかる。みていてほしい」

 その夜、夫は帰ってこなかった。

 彼女はこどもを連れて実家にもどった。彼は電話一本よこしてこなかった。先だって突然、あらわれた。

「おわりにしたい。頭をおさえつけられているようだ」

 義母からの電話によると、夫はアパートにひきこもり、仕事にもいかない。

 離婚届に相談者は署名捺印をしてあり、それは彼のところにある。だが義母は、離婚なんてできるわけがないと強硬に突っぱねている。

 大原敬子は次のようにいった。

「この夫に好き嫌いはない。相手に言い寄られるとしたがう。あなたはこどもができたということを籠絡の手段に彼に結婚を迫ったのである」

 大原はつづけた。「背広を着た彼を小六の半ズボンのこどもだと思えばよかった。半ズボンの少年は、しがらみが多くなって怖くなった。彼の理屈はこうだ。きみが遊んでくれるからぼくは遊んだ。きみが抱いてくれるからぼくは抱いた」

 大原はいう。「この夫はつよいおかあさんをもとめている。仕事をしなさい、お金を送りなさいといってやればいい。彼は永遠に半ズボンの少年である。愛を知らない。自己がない。離婚しても涙を流さない」

 市川森一は「男は一般的にこどもだ」といった。「あなたはふたりの子の母になり、おのずとつよくなる。彼の望む妻になっていく」

●自転車。幼児連れ。吉祥寺の家族。

165.2017年12/3 吉祥寺本町、井之頭小左手の道を歩いているとき、ごほっと口中音がし、その出所へと顔をむけた。目を見開き口をだらしなくもあけた男26くらいが自転車でゆっくり走ってきていた。わたしの目の前には右へいける細道があり当の自転車がわたしのすぐ前を曲がりこんでいく。うしろに幼児を乗せていた。最前の口中音は事前警告であり事前排撃であった。白マスクをかけた女25くらいがつづく。すうーっと鼻中音をたてわたしの目の前を、さっきの男と同じように曲がりこむ。幼児連れの夫婦が自転車で吉祥寺の街中へいってきた帰りのようにみえた。どちらも同程度に内面世界のない人、うわべに生きるほかない人であった。

●クリスマスイブ。吉祥寺のカップル。

164.2017年12/26 このまえの日曜の夜、クリスマスイブの夜。吉祥寺駅南口にちかいビル六階にいこうとエレベーターを待ち、おりてきたそれに乗った。ドアがしまるにまかせているときカップルがやってきた気配があり、女のほうが、しめられたといった。わたしはしめた覚えはなかった。男か女かがボタンをおしたらしく、しまりきろうとしていたドアがあいていく。わたしはいやなものを感じ、カゴのなかからすたすたでていく。

 あれっ。

 女がわたしとのすれちがいざまそういった。このとき女が18くらいだとわかった。エレベーターは二基ならんでおり、カップルはあとひとつを待たず、わたしがそれを待つことになった。

●暴力すれすれ。環八の歩道。

163.2016年2月某日 環八の歩道を歩いているとき、むこうから歩いてくる勤め人ふうの黒縁めがね男26くらいが立ちどまり、反対方向をむいた。このあとふたたびこちらへ歩きだした。わたしとすれちがうにあたって、ごほっと思いきり耳元ちかくで口中音をたてた。夜の暗がりと車の通行に乗じてのことであった。

 男は片手に手提げカバン、もう片方の手をコートに突っこんで顔を前にむけて歩いてきていた。その顔に知性とか宗教性、芸術性といった崇高にして高貴なものは何もないとみえた。

 男であれ女であれ口中音をぶち投げてくる。今度井荻から帰ってくるときはむこう側の歩道を通って荻窪をめざすか、道をかえよう。自分の仕事や存在自体に不満をもつ人の標的になるのを避けよう。

●油断も隙も・・・。鶯谷駅ホーム。

162.2016年2月某日 鶯谷駅ホームでデイパックからマスクをとりだしこのあとデイパックを背負うとき、右ななめむこうに立っている女22くらいは体をこちらにむけスマホを見ている始末であり、もうひとり、男22くらいは自販機のところで体をこちらにむけ缶ジュースをのんでいる始末であった。油断も隙もあったものではない。

 同ホームにおいて60代夫婦らしき男のほう68くらいは、歩いてきたわたしにごほっごほっと口中音をたて空気をふるわせた。

●電車のスマホ男。大久保。

161.2016年2月某日 真ん前にすわった男23くらいはスマホに目をおとしているものの、真ん前のわたしが気になってならないといったさまである。勤め人ふう。昼のこれから仕事か。この男はわたしが大久保でおりるにあたって、おそらくおりる動作をしはじめたときからわたしを見ていたのであり、じかに見ていなくても顔を車両内へむけて視野にいれていたのであり、わたしが連結部へと、停車したとき階段にちかいほうへと消えていくまでの一部始終を目にしていた。

●いじめ。ネガティヴスパイラル。高橋龍太郎。

160.2009年4/29 ある34才の男性は42才の妻とのふたり暮らしである。こどもはいない。

 小学校のときからずっといじめられてきた。小学校のとき、靴を隠された。中学校のときは殴られた。小中のとき相手はひとりだったり集団だったりした。高校のときは、勉強しているときにノートをもっていかれるなどされ、大学受験の邪魔をされた。

 小学校のとき、友だちのなかにいじめっ子がいた。中学校のとき仲のいい友だちはいたにはいた。

 いじめられた原因は、自分が相手にいいかえせなかったり、何かされて萎縮していたりしていたことにあると彼は自己分析している。

 この前まで二年半働いた会社では後輩に「ちゃん」づけで呼ばれていた。あるパーティーのときには、「おい、酒が切れたからとってこい」といわれた。ため口どころではなかった。

 無職である。資格をとろうとしている。鬱状態になって、奥さんから「ひどくなる前に会社をやめてしまいなさい」といわれたこともあって会社はやめた。

 過去を思いだしてはむかむかする。

 高橋龍太郎(精神科医)は次のようにいった。

「いじめをしている人の品性は下劣である。当人は気晴らしをしているのである。相手がおどおどしてくれて、自分の力が誇示できる。そんな相手だけをいじめにかかる。逆にいうと、びくびくした反応をしてくれず大声で怒りをかまされるような人にたいしては、いじめはつづかない」

 相談者は司法書士をめざしている。

 高橋氏はいった。

「いじめられる子はやさしくて人間性がすぐれている。だからいつかいじめられっ子の上に立つ」

 高橋氏はさらにいった。

「ほんとうに傷ついてしまっていたら、人生において主体的な選択はできない。ネガティヴなスパイラルの泥沼に落ちこむ。あなたはパートナーを見つけられているのだから、そうではない」

 今井通子は、なにかひとつ自信をもてばそれで生きていけるといった。

 高橋氏はいった。

「人生や恋愛においては、黒星つづきであっても最後にそれなりに成功すればよいのです」

●長男の演劇。三石由紀子。

159.2009年4/28 ある59才の女性は66才の夫、36才の長男、31才の次男との四人家族である。次男は未婚であるけれど家をでて独立している。長男も未婚であり、こちらは同居である。

 長男はハローワークで仕事を探している。けれども見つかっていない。

 彼は27才まで劇団に所属し演劇をやっていた。その後、一年有半働き、ふたたび演劇の道へと入った。仲間と劇団をたちあげたのである。しかしうまくいかず、家賃も滞納する羽目に陥っていた。母ならびに父は、家に帰ってくることを条件に滞納分の家賃を清算してやった。

 友だちのすくない子であった。親としては心配な子であった。

 三石由紀子は次のようにいった。

「悩みを自分でつくっている。彼はまだ36才である。男性の平均寿命は79才ぐらいだけれど、乳児の死亡者や自殺者を統計からはずすと90才まで生きられよう。心理的援助も必要ない。会社に入ったところでいまは、ひとつ失敗したらクビになる時勢である」

 三石氏はつづけて、

「演劇をあきらめきれていない。親には胸奥をさらけだせないだけの話である。つまるところ食えればいいと思っているにちがいない。家の冷蔵庫に食べ物があればそれでいいのである。無気力な子もいればわらいのへたな子もいるのである」

 児玉清は「親がプレッシャーをかけないこと」といった。「自分の思うことにしがみつけ、やるんなら徹底的にやれぐらいのことをいってあげて」

「好きなことを納得のいくまでやったらどう」と三石氏。

「途中で挫折するといつまでも尾をひく」と児玉。

「本人はやりたいことの価値基準をつくれる。しかし母親が口をだすとそれが崩れる」と三石氏はいった。「母親が自立の妨げなのである。借金をかえしてやった、家に帰ってこいといった。それが妨げだった」

 三石氏はさらにいった。

「アドバイスはしてはだめである。そもそもわたしたちの頃とは時代がちがう。アドバイスできると思っているかぎり息子は自立できない」

●新潟タレカツの店。陰雨の吉祥寺。

158.2017年10/15 用向きをおえ井ノ頭通りを歩く。新潟タレカツの店があり、いったんは通り越したものの、また松屋へいくのかという思いがあってその店で、まだ入ったことのない店で何か買って帰ろうと表口のメニュー看板を見ていた。雨が降っており傘をさしてそうやっていた。

 ごほっ。

 うしろから烈々たる口中音を投げつけられた。またかとふりむく。男59才くらいめがねジャケット姿が通りすぎていく。ほかの人と同じようにいつものごとく目を見ひらいていた。苦しそうでもなんでもなくわたしがいたことでさして通りにくくなっていたわけでもない歩道を我関せずといったようによそおっていた。

 修養とか徳望とかにまったく無縁にみえ、心的獣類の面貌をさらけだす。自己中心的独善的な公務員なのか、バス運転手のような日頃ストレスの多い職種に従事している人なのか。

 すぐあとから連れの同年代の男がきた。先の男は立ちどまりこちらの男へと体をむけた。ひとりでいるのではないことをみせ、ついでふたりならんで吉祥寺駅への小道へと折れまがった。飲食店のならぶなか、すぐそこの居酒屋へと入っていく。

●子連れの女が足を組む。マック荻窪店。

157.2009年4/26 マック荻窪店の奥のスペースにあいている席がひとつふたつあった。ひとつふたつしかなかったのであり、わたしはそのうちの一席に目星をつけた。すると、その隣りにいた子連れの主婦らしき女は、すわり直して足を組んだ。隣りにわたしがくるなと言外に語る仕草であった。混んでいる店ですわれることのありがたみをよその他人に分けあたえようとは毫末も思ってはいなかったのだ。

●ばかまるだし。マック荻窪店の女。

156.2009年4/25 マック荻窪店にふたり連れの年増の女たちがいた。このうちのひとりは、わたしが席をさがしているとき、いちいち首をうしろちかくまで、90度ちかくまでまわし、わたしに好奇心まるだしの目線をくれた。何かおかしなものを間近く見るように両の目を大きく見開いていた。ばかまるだしであった。

●女はきれいな花。瀬戸内寂聴。

155.2009年4/24 NHK総合か教育テレビに“寄せ書きテレビ”という視聴者参加型番組がある。ある女性は、暴力をふるう彼と別れるも彼女のほうからまた電話をかけてしまう。彼と別れるべきかと悩んでいた。瀬戸内寂聴は次のように回答した。

――暴力は病気なんで治らないんです。彼とは別れてあたらしい男性をさがしましょう。

 ある女性は30才にして一度も彼氏ができたことがない。このまま寂しく一生をすごしていくのかと悩んでいた。瀬戸内は回答した。

――きれいな花にミツバチは寄ってくるんです。あなたはきれいな目立つ服を着て、明るくふるまっていたらいい。そうすれば必ず男性のひとりやふたり寄ってきます。

●こわれゆく夫婦。法的手続きを踏む。大迫恵美子。

154.2009年4/24 ある40才の女性は50才の夫と別居している。こどもは元々いない。別居は三年半前からのこと、彼女はひとりで暮らしている。

 結婚して十六年になる。婚約中に彼女は大きな病気にかかり、彼は二年間、献身的に看病してくれた。しかし結婚後、彼は別の面をみせた。物を投げた。彼女をめがけるもけっしてあたらないように投げた。彼女を風呂場に閉じこめることもあった。猫をいじめたり、柱をのこぎりで切ったりもした。

 八年前、一年間別居していた。彼は公務員であり、たまさか彼女の実家近くに転勤となり、それじゃあということで仕方なく別居を解消したわけであった。

 加藤諦三は「彼は仕事への義務感・責任感はつよいんです」といった。

「はい」と相談者は答えた。「遊びはしない。ゴルフをするくらいで趣味はもっていないです」

 心をひらいてつきあえる友人はいない、と加藤はいった。

 そんなこんなで彼女は鬱病を八年間わずらった。いまは治っている。

「よく治りましたねえ」と加藤はしみじみいった。

 障害者の更正施設に入って、そこで資格をとっている。それがよかったものか鬱病が治り、その資格を手に仕事を始めている。

 彼とは離婚したい。だが彼はこういう。おれの人生をめちゃめちゃにして、と。断じて離婚に応じようとしない。

 加藤はいう。

「彼は社会的には立派なんです。ところが自分の幼稚さ、心の底にある憎しみが理解できていない。<擬似成長>を遂げた人です」

 鬱病が治った理由を加藤は突っこんだ。

「加藤先生の本をいっぱい読んだんです」と相談者は答えた。「自分に自信がもてた。人をいやしてあげられる仕事がもてているんです」

 彼女は更正施設で知りあった男性といっしょに仕事を始めた。この男性はあくまで仕事上のパートナーであり、男女の間柄ではけっしてない。けれども彼には心のなかのほんとうのことがいえる。これは人生において初めてのことだ。仕事をとおしていろいろな人と知りあうことができた。たくさん友だちもできた。

 大迫恵美子(弁護士)は次のようにいった。

「あなたの夫はあなたの要求に屈しようとは絶対に思わないですよ。話しあいで納得ずくで離婚したいは無理です。だから法的手続きを踏んで坦々とやるんです。実家にとばっちりがいかないように実家を前面にださない配慮も必要です。家裁の調停の場では、本人同士は会わないようにすることができます。けれども調停ではまとまらないでしょう。となると離婚裁判です。そこでは弁護士しかでてこないようにするんです」

 大迫氏はつづけて、

「こういう男性は女性をこらしめてやろうと思うんです。損得は考えない。限度を越え、自分の人生が台無しになるということさえも考えないんです」

 大迫氏はさらにいった。

「あなたの仕事のパートナーに危害がいくかもしれない。解決は時間頼みである」

 大迫氏はたたみこんで、夫の反応の先を予測することはできないといった。弁護士に攻撃がむかうこともある、と。

 加藤は、あなたの人生の節目のときですといい、ひるむと解決できないですといいたした。

 まじめで仕事熱心で義務感・責任感のつよい立派な人で心の底に憎しみが積もりに積もっている人がいますと、加藤は締めくくった。

●再婚の妻が初婚の夫の親友と関係を。大迫恵美子。

153.2009年4/23 ある48才の男性は43才の妻、13才の長女との三人家族である。結婚四年目であり、長女は彼女の連れ子、彼女は再婚、彼は初婚である。

 一年半前、妻は彼の親友の男と関係をもった。それが知れたのは妻のメールであった。以来、浮気はそれ一回こっきりである。

 相談者たる男性の、前の前の職場に彼女が手伝いにきていて、彼は彼女にひとめぼれした。彼女の電話番号をきき、食事をし、交際を重ねるうちに自然と男女の間柄になっていった。彼女の最初の結婚は十年でおわっていた。

 彼はいま、自分の妻を一度寝取った親友への恨みをいだいている。親友は彼の問い詰めに、あるまじき行状を白状している。そんな親友に慰謝料をもとめたい。

 非正規雇用で仕事をしている。この一年半、職場をかわるたびに恨みが募った。ここにきて、親友を訴えようという決心がようやくつき、時間のあるきょう、こうしてテレフォン人生相談に電話をかけたというわけである。

 大迫恵美子(弁護士)は次のようにいった。

「あなたはメンツをつぶされた。こういう思いは女性よりも男性のほうがつよくでるものだ。それはそれとして、もしもあなたが親友なる男性を本式に訴えたとき、あなたはいやなことも知ることになる。奥さんとの仲に深刻なダメージが及ぶことが危惧される。また、むこうの男性の奥さんからあなたの奥さんへの慰謝料請求もありえる」

 大迫氏はつづけて、

「攻撃的な気もちの処理の仕方として訴えることがいいのかどうか。めぐりめぐって夫婦のあいだがうまくいかなくなるかもしれない。取り返しがつかなくなる事態さえ予覚される」

 今井通子は、溜飲をさげる方法はないのかと大迫氏に尋ねた。

 大迫はいう、

「簡単に溜飲をさげられないのが夫婦である。夫婦のあいだで『正しい』といいだすと仲がわるくなるものである。我慢するのが妙手である」

 相手の男には妻も子もいる。会社ではかなりの地位にいる。そんな男に鉄槌をくらわせたいと、相談者は思う。

「奥さんはたしかに罪作りなことをしたんです」と大迫氏はいった。「だがあなたとしては、つらいでしょうが、くやしいでしょうが、慎重に」

 今井は、もう一回頭を冷やす、熟慮する、冷静に、といった。

●ワンレングスの女。子連れ。マック中村橋店。

152.2009年4/22 マック中村橋店で座席を四人がけから二人がけに直してそこにすわり、あたりを見まわすと、右手の先のむこうに30才くらいの女の顔があり、うさんくさそうに人を眺めきる目があった。ややあって、女はわたしに何の興味もないといわんばかりに目線と顔をそらした。というより元にもどした。パンタロンをはき、よそゆきのニットの柄物半袖を着た中流の代名詞のようなワンレングスの、したがって運動を日常的にしていないとみえる、子連れの女であった。他人に石つぶてを投げて自己の存立基盤を固める。この手の女だ。あと味のわるさをどんなに赤の他人に残そうが、印刻しようがへいちゃらの人だ。<ふつう>を最大の基準にし<ふつう>のなかの比較相対性の優劣のなかにのみ生きる人だ。

●未婚の母。運命をうけいれる。大迫恵美子。

151.2009年4/22 ある44才の女性は未婚でありながら5才の子の母である。こどもの父である男性は奥さんとは離婚して彼女と再婚するつもりであった。けれどもその意図を果たすことなくきている。奥さんは三年前に夫の不倫と、その不義の子の存在を知り、鬱状態になった。ひとりにして放っておけない病勢にある。だから離婚はできなくなったというわけである。

 男性とのつきあいはつづいている。彼は遠くにいる。新幹線の中間地点で月に二回、待ちあわせる。週に二三回電話がある。

 彼は46才、奥さんとのあいだにこどもが三人いる。

 相談者たる女性は資格をもって仕事をしている。給料は多くはないけれども生活していけるぐらいはあり、彼からは「かなり助かるぐらい」のお金がもらえている。

 5才の子には、お父さんは仕事で離れているといいきかせている。まだほかの家とはちがうとまでの自覚はもてていないようだ。

 彼は元は同じ町に住んでいた。他県に土地をもち、そこに家族の住む家を建て、彼は単身赴任のかっこうで同じ町に残っていた。ところが転勤でその他県の家に彼も住むことになったというわけだ。

 5才の子は女の子である。

 大迫恵美子(弁護士)は次のようにいった。

「5才の子のことよりかあなたと相手の男性との関係のほうが心配である。あなたは彼とは結婚できないということを骨の髄まで覚悟していない。だから、5才の子に父のことをどう話せばいいのかと悩んでいる」

 大迫氏はつづけて、

「鬱病をわずらうことになった妻への責任感を口にする。そんな責任感があるなら、そもそもあなたとのあいだにこどもはつくらない。だからこの男性をあてにすることはできない」

 大迫氏はさらにいった。

「こどもに、こども自身のつらい境遇をわからせるのもあなたの責任である。こどもが家のようすについて疑問をいだくとき、お父さんのおうちは外にあるのよと教えなければならない。あなたの態度やはしばしの言葉からこどもは中学生ぐらいで自身の父のことをおのずとわかるものである。そうなる以前にあなたが彼女にはっきりと教えなければならない。未婚の母になるときはこどもがいつか傷つくことを覚悟するものである。こどもが傷つかないようにするのはどだい無理な相談である」

 加藤諦三は、あなたが運命をうけいれて運命を愛しているんだといえるとき、こどもは傷つかない、といった。

 だれの人生も生きるに値します。苦しいのもつらいのも生きている意味ですと、加藤は締めくくった。

●男にのぼせあがる妻が離婚を切りだす。大迫恵美子。

150.2009年4/20 ある41才の男性は40才の妻、16才の高二の長女、12才の小六の次女との四人家族である。一か月前、妻から、離婚してほしいと切りだされた。好きな人ができたと妻はいった。

 夏ぐらいから妻は夜出歩くようになっていた。相談者はそれがおかしいとは思ってきていた。妻は夜に男と会っていたのである。長女はそのことを知り、母と言い争いをしていたという。一方、父には心配をかけまいと敢えて黙っていたのだと、長女はいった。

 彼は出張がちである。それに性的に弱く妻を満足させられていないという負い目をもつ。

 すでに三、四年前から別れようと思っていたと、妻は打ち明けた。愛されている実感をもてなかった、と。

 相手の男はパート先で知りあったバツ一にしてこどももいる男である。養育費と慰謝料の支払いで汲々としている。だから、その援助をしていると妻はいった。

「こどもより男をとっている」と相談者。

 加藤諦三は、彼女はわがままですねといった。

 そのわがままを結婚して十七年間、夫はきいてきた。妻は自分の欲求をおさえられない。ほしいものは何が何でもほしい。

――離婚しても夜、こどもをおいて男のところへいく。

 妻はそういっている。

 弁護士の大迫恵美子は次のようにいった。

「あなたがいやだといえば、調停を申し立てられても離婚はできない。もっとも奥さんが家出をしたら離婚せずとも家庭はバラバラになってしまう。親権者は父か母か。16才の長女の意向が重視される。きょうだいは分けないというのが裁判所の原則であり、次女は姉にしたがうだろう」

 大迫氏は、いまの16才ぐらいの子の特徴として、人間関係に相当に神経をつかうことをいった。おとなに助けをもとめないのである、と。

 奥さんは男にのぼせあがっている。そんな奥さんに離婚を迫られておめおめ判を押すのはばかな話である。せめてこどもが親を必要としなくなるときまで待つのがいいと、大迫氏はいった。

 加藤は「性的に弱いからコンプレックスがあるとあなたはいう。もっとほかに何かコンプレックスの理由があるのではないか」といった。

 相談者は、自分が12才のとき父が浮気をして両親が離婚し、それ以来弟を守ってきたといった。

 加藤はいう。「その荷が重かった。背負うだけの能力のないものを背負わされてきた。なんとか周囲をまとめようとしてきた。さみしかった」

 相談者は電話口で泣いていた。

 加藤はさらにいう。「こんな父親でも、こんな女房でも、あなたは家庭を守ろうとした。そこまでさびしい。

 16才の長女に自分のほんとうの気もちを話してごらんなさい。いままでの自分を正直に見つめて対処の仕方を考えるんです」

 欲望自然主義の人がいますが人生最後には挫折しますと加藤はしめくくった。

●マックの窓。西荻窪店。

149.2009年4/19 マック西荻窪店に老女のふたり連れが席にすわっていた。窓の外を見ることのできるひとりのほうは、道から店内を見ていたわたしを、首をまげてまで見返してきた。ゆるぎのない礎のうえに精神をおいていないことが愚かにもさらけだされていた。

●女の目がぎらつく。荻窪光明院。

148.2009年4/17 光明院の表玄関をでたところで、正面からむかってくる自転車があった。女が乗っていた。五十前後くらいの女であり、わたしを見ていた。最も近づいたとき、わたしの外面の姿格好を、どんな靴をはいているかまでをも見ていた。しかもその目は底意地わるくぎらつき、口元は何ごとかを吐きださんばかりに歪んでいた。

 上記のような女をわたしが相手にすることは毫末もない。こういう女は偉大さや崇高さへの志向がまったくなく、とるにたりないと思えてしまう者たち、卑小なとみえる者たちへの同情は欠片もないのである。こういう女に視線をまともにくれていたわたしもわるかった。

●離婚。ひとり息子に彼女がいる。大原敬子。

147.2009年4/17 ある60才の女性はひとりで暮らしている。二十年ほど前、息子が中学生のとき離婚し、その後再婚はしていない。ひとり息子はいま、33才、独立して一年になる。

 息子にはつきあっている女性がいる。初めての女性である。彼女は37才、バツ一、五年生の男の子の母でもある。息子は福祉司であり、おなじ福祉関係の仕事をしている彼女とグループホームで知りあったらしい。彼女はこどもがまだちいさいときに離婚したのだという。

 息子が彼女を初めて連れてきた日、相談者たる女性は、三十分ぐらい世間話をしたにすぎなかった。好印象も悪印象ももたなかった。だが、この結婚には反対した。小五の男の子のことがどうしてもひっかかった。

 大原敬子は、自分にとっての宝は息子だといった。そう気づくのは、息子が大腿骨を骨折してから今現在に至るまでの三十数年間、酒を飲まずコーヒーも飲んでいないからだ、と。

 相談者は会社員である。息子にこういってやった。わたしはひとりで生きていく、と。

「それは脅しよ」と大原はいった。「冷たい息子ならどんどん結婚している」

「『ぼくはお母さんのこどもだからねえ』といってくれた」と相談者。

「理想の嫁なんていないんです」と大原はいった。「息子から電話がきたら、元気でいるの?仲よくしてるの?と相手の女性のことも嘘でも気にしてあげるんです」

 市川森一は、相手の37才の女性とその息子さんというのは二十年前の相談者と息子さんとおなじ状況ですよと見ぬいた。息子さんは十代のときお父さんがほしかったはずです。37才の彼女は、あなたの息子さんにとっての母であり、11才の男の子は当時の息子さん自身なんです。息子さんは二十年前の母を愛しているんです。崇高な気もちです。黙って賛成してあげましょう。反対したらもったいないです、と。

●残間里江子。慕情。中島みゆき。

146.2017年9/24 とある商店会通りを、いつもは避けている通りを歩く。ううっと口中音がしたかと思うと、自転車の男45くらいがすぐ脇を通っていった。
 またやってる。
 わたしはそうつぶやく。ついで8才から10才くらいの自転車の男児が通っていく。父たる男は通りを横切るとき、右腕を水平にのばし、横切るという意志を後方にむけた。休日朝の10時、人とかかわることを何とも思っていない徒輩のひとりであった。こどもに何を、悪意以外の何を伝えていくのだろう。こういう男に、この朝文化放送の番組内で残間里江子が、拓郎・陽水・みゆき・ユーミンの新譜をフォローする残間がリクエストした中島みゆき‘慕情’はひびかない。

●男、女、相模原殺傷。

145.2017年7/30 吉祥寺セブンイレブン五日市街道沿いにおいて、食べるものを買いこみ、レジでの打ちまちがいがないかとレシートをあらためていると、左手むこうから男22くらいがあらわれ、体を店のなかへではなくわたしへとむけて一歩二歩近づいてきて立ちどまった。その目はわたしのクリーム色の運動靴へと、他人がはいているのを見たことがない靴へと動き、人の見かけにひきつけられる態様をみせていた。この男が白系のスニーカーをはいていると何となくわかり、この男は人のものに興味をたぎらせていたというわけである。欲しいものを買うなら買うで店の奥へ入っていかずにいた。愚物の一類型がこんなところにもいた。買い物をする女でも待っていたのか。

 同日。吉祥寺三東U銀行へいこうと、たいへんな人の行き来する繁華街の比較的ひろい道を、口中音鼻中音をたてられないように人の正面を避けて横切っていく。このときたまたまスマホ女21くらいのうしろへまわることになり、これに気づいたこの女は首をわたしへと動かした。スマホに集中没溺などまったくしていないことをあらわにし、わたしの動きをうかがった。人の動きが気になってならない性向をみせた。

 人の見かけを秤にかけ、おのれを守る。審判されるのではなく終歳審判するほうを選ぶ。如上の男、それに女は、一年ほど前、神奈川県相模原市における山々の翠微を存分に望めるところでおきた精神障害者殺傷事件の犯人と、体に綾羅のごときタトゥーをいれ悦にいっていた男と心裏においてどこか通底していよう。