★瀟洒なかっこうの主婦。マック中村橋店。삼.tres.

61~81

●コーヒーサーバー。大久保セブン。

81.2016年2月某日 大久保駅ちかくのセブンイレブン。うっと口中音がきこえ、その源へと顔をむけると、サーバーからコーヒーをそそいでいる男26白いファッションふうめがねの勤め人らしき男が涼しい顔をわたしにむけ、ちぐはぐにも体は店の外にむいていた。わたしを気にしていた。またいた、こんな男が。これより前中央線車内では、はすむかいの女40くらいはわたしが大久保でおりようとするとき、ううっと口中音をたててよこした。こちらの男が本日ふたりめの、あさましき口中音人間であった。

●制服の女子高生。口笛。

80.2017年6/10 上石神井駅から各停西武新宿に乗る。22分で高田馬場に着く。口笛女子高生のことが思いだされる。青系制服の女子高生17か18くらいは、あまりクルマのとおらない道の反対側から自転車でやってきており、12:55のことなので学校帰りというより部活帰りの都立高生か上石神井近在の私立女子高生のようであった。顔をまだ遠くのわたしへとむけつづけてきており、わたしは顔をそらした。道をあいだに自転車でちかづいてきて口元をとがらせ口笛を吹き、目を見ひらいていた。すぐそこの枝道へ入った。わたしは防犯用の笛をふいた。見ると、女子高生はまた曲がり、そこは個人宅の敷地のようでありそこらあたりの家人であるらしかった。熟視、かてて加えて口笛。傲慢を絵に描いたようなまだ十代の女であった。

●女が男と合流する。セブンイレブン

79.2017年8月初旬 夕刻三鷹市内のセブンに入る。夕刊紙の一面見出しを見ていると女21くらいがわたしと新聞ラックとのあいだに、力士が懸賞金をうけとるときのようなしぐさをしつつ、わたしにどけと無言でいいつつ割り入ってきた。人の目の前をとおって雑誌コーナーへいく。そこには立ち読み中の男25くらいがおり、この男と合流した。目的を果たすためには、ほかの男はじゃまでしかない、石ころでしかないといった按排であった。肌と肌をふれあわせこすりあわせた男と親昵の言葉をかわしあうためであり、そのにおいをかぐためである。人は、ことに女は、男のいる女は、おのがじし勝手なことをする。

●女、何を買うでもない。ココカラファインスギ薬局

78.2017年8/5 西荻窪駅南にあるココカラファインに入る。トイレットペーパーを手にするわたしをレジの店員女が見ていた。ただちにレジへいくことなく、念頭にあったトイレ用洗浄液をさがそうとそれがありそうな通路へまわりこむ。と、女23くらいがいた。何を買うでもなさそうにみえた。買おうと思っているものがありそうなところにその女はいつづけた。むろんわたしに気づき、見知らぬ男へのスイッチをいれた。それは買い物の用がすんだらでていくという発想を凌いだにちがいない。

  いったん踵をかえしひきさがる。ふたたびそこへいくと女はまだそのあたりにおり、体をわたしへとむけ、顔だけはそむけきっていた。

  洗浄液をあきらめトイレットペーパーだけのレジをすませた。このあとその通路へいく。女はもはやいなかった。しゃがみ、あれこれ説明書きを見ていると女48くらいが入ってきてすぐそばに立ちどまり、わたしに体をむけ顔はわたしが見ている棚の上のほうへむけていた。またもこんな女がいた。その場をあとにし買ったものを手に店をでた。

 翌日8/6 吉祥寺駅から歩いて何分かのところにあるスギ薬局に入った。キンチョーのサンポールを買うつもりで通路を歩き、歩きまわる。どこにあるかがわからない。ひとりの女40くらいが商品棚の切れ目に立ち、体をわたしへとむけ顔をそむけていた。だからそっちへはいかず傍目にはうろうろしているようなことになった。

  商品棚の前でつくばう男性店員がおり、一度ためらったのち目当ての物がどこにあるか尋ねた。きらわず応じてくれ同店員のあとをついていくと、あの顔だけそむけていた女が行く手におり、わたしの挙動を後方から見ることができる体勢でおり、体をわたしへとむけつづけていたのである。わたしは動静を見られつづけていたわけであり、同店員男性がその女を丁重にどかし、わたしはその女、何を買うでもないとみえる女、わたしがレジへいくのを見届けてからほしい商品を手にするのかと思える女の前を通って、同店員のおしえてくれたところの前へいった。ココカラファインになかったサンポールを手に、その女にうしろから見られているにちがいないと思いつつレジへと長い通路を歩いていった。

 女は万引き対策の私服保安員であったか。いや、ちがうだろう。体のむけ具合からして、いたくわたしを気にしていた。人を標的、餌食にし、みずからの存在を有意なものとする。その場かぎりの感覚で生きるばかりの低劣な女、普遍だとか宗教心だとかそういうものに心的態度をとれない女がまたいた。

●母が娘のエネルギーを奪う。マドモアゼル・愛。

77.2009年3/19 ある65才の女性は十年前夫と離婚し、いまはひとりで住んでいる。元夫は66才である。こどもはふたりいる。42才の長男、40才の長女である。

 夫と離婚したのは、夫に女性ができたからである。夫が旅行にいくといい、彼女はなんとなくおかしいと思い、夫と同じ新幹線に乗った。すると女が夫のとなりにすわった。

 夫はいった。定年になったら自由に生きていきたい、と。

 妻は、夫に女がいることを承知のうえでその現実をうけいれてともに生きていこうと思い、離婚しようとは思わなかった。

「世間体を気にしてるんじゃないか」

 夫は射すような目でそういった。

 長女は結婚しており高2の娘と中3の息子がいる。今月から夫とは別居している。妻が精神的に不安定であるため夫がウイークリーマンションに逃げこんだというのが真相である。

 相談者たる女性はこの騒動をきき、長女が家にはきてくれるなというのに合い鍵をもっているため、勝手に長女の家に入った。長女はいろいろと不満をいいたてた。曰く、兄と差をつけられて育てられた。曰く、あたしたちの新婚家庭に泊まった。

 相談者は、新婚家庭に泊まったかどうかについて記憶がない。

 加藤諦三は次のようにいった。

「あなたには押しの強さがある。なぜって新幹線で待ち伏せするくらいだから。相手の気もちがどうのこうのではなく自分の気のすむような対応しかしていない」

 マドモアゼル・愛氏はいった。

「親に愛されていないこどもは親に執着する。お嬢さんは厳しい現実をうけいれることで自分を獲得しようとしている」

 愛氏はつづけて、

「あなたがかかわることでお嬢さんは心のエネルギーを奪われていく」

 みんなあたしを利用しているって娘はいうんですと、相談者。

 加藤はいう、

「あなたは味方の顔をした敵なんです。敵は敵、味方は味方なんです」

  愛氏は、あなたが苦しめば苦しむほどお嬢さんは楽になりますといった。

  なんだかわからないけど物事がうまくいかなかったときは何か自分に隠しているときですと加藤は締めくくった。

●単身赴任の夫が浮気をする。マドモアゼル・愛。

76.2009年3/3 ある59才の女性は61才の夫と暮らす。こどもはふたりおり、どちらも男の子であり、ふたりともすでに独立している。

 夫は、妻がいうところ「ふつうのサラリーマン」である。「ふつう」にみえていたのに夫は単身赴任をしていたとき浮気をしていた。単身赴任がおわってのちも女とちょくちょく会っていた。夫のようすがどこかしら何かしらおかしいと直覚した妻が夫を問いつめると夫はそれらを白状した。

「どーもすいませんでした」

 夫はひと口にそういった。言葉の内容とは裏腹に、そこに誠意は感じとれなかった。

 夫は浮気を隠す真似をしていなかった。ゴルフのスコアやら何やら、バイアグラまでも車のなかに無造作にあった。女からケータイに電話がかかってくると、「飲み屋のねーちゃんからだ」と平然と言い訳をしていた。

 結婚して35年、夫は浮気をするような人ではないと信じてきたのに。

 マドモアゼル・愛氏は59才の相談者に、なんてお嬢さんなのかしらといった。

「悶え苦しむような辛さ、運命のいたずら、こらえきれないほどの孤独。そういうことを経て視野の広さが生まれる。だからといって、一生をつうじて深窓の女性でありつづけるのを否定するものでない。感情自体は苦しいけれども人生を見つめ直すチャンスである。」

 愛氏はさらにいった。

「あなたの家にはいくばくかの正義の建て前や社会的立場の建て前はあった。けれども弱味をもっている人間が傷ついたり、倒れたり、喜んだりといった手ごたえのすくない家だったとみえる。あなたは旦那さまを男だと思ってこなかった。男にはくだらない面もある。不倫ゴルフもすればバイアグラだってつかう。旦那さまはあなたに親しみを感じているのか。あなたをだいじな人だと思いながらも不倫をした。なぜか。あなたが気をつかえばつかうほど夫はいらいらしてくるだろう。あなたはバイアグラを投げつけたってよかった。人間の弱さからくる正直さがなかった。長屋の夫婦喧嘩をやってすっきりしてくださいよ。」

カップルの女。吉祥寺駅ビルのエスカレーター。

75.2008年12/20 吉祥寺の駅ビルのなか、きらびやかな店のならぶ通路に20代前半くらいのカップルがいた。まわりに人がいっぱいおり、わたしはそのカップルのあとを歩かざるをえなかった。下りのエスカレーターに男が先に、つづいて女が乗り、わたしはあとにつづいた。不安、というよりむしろ怖れが胸裡をよぎった。おれはこいつらの踏み台にされる、と。乗っているさなか、案の定そうなった。女が男の肩に両手を添え、半身を預けにかかったのである。男はいささか驚いたように下の段からふりかえり女を仰ぎ見た。女は、うしろの赤の他人たるわたしを相手に、してやったりの面持ちだったことだろう。

●長女の不登校。マドモアゼル・愛。

74.2008年12/18 ある43才の男性は39才の妻、中1の長女、小4の長男の4人家族である。長女は不登校になっている。

 加藤諦三は男性にこういった。自分の弱点をさらけだせるかどうか。不登校は夫婦関係の問題ではないか。

 長女は学校の成績がわるいとき、それを親に話せていない。母親は長女の支えになるどころではない。

 マドモアゼル・愛氏は大略次のようなことをいった。

 長女は社会の風に対処することができない。不登校は家への問題提起である。こどもを叱らなければ、こどものほうから親に話しかけてくる。親がこどもに意見をいうのではなく、こどものいうことを真剣にきいてあげよう。

 生活習慣の見直しをしたい。三度三度の食事、夜中のビデオなど改めるべきところは改める。

 学校にいかないときの存在証明、すなわち仕事が必要である。お茶碗を洗うことでも何だっていい。学校へいかないの?あらっ、そう。じゃあ、お茶碗洗ってよ。そんな言い方でいい。

 学校へいったらよい子、いかなかったらわるい子というおとなの決めた価値観から長女を解放させてあげよう。そうしたら親もまた窮屈な価値観から解放されていく。

 加藤は次のようにいった。お嬢さんが不登校になったのは持って生まれたものに因由するのではなく、家族の構造に問題があるんです。夫婦、親子、きょうだいの構造です。だれがわるいだとか、うちの家族は問題だとか解釈しないことです。問題を解決することでよい家族になっていきます。お嬢さんは個人で不登校になっているのではありません。

●ポケットティッシュを配りおえて。ドコモふじみ野店の女。

73.2017年7/6木曜13:15 ふじみ野駅階段下。どこかの社服の女24くらいが階段をおりてくる人にポケットティッシュを配っており、わたしはその女の待ち構えているほうを避けエスカレーター側へ寄りつつおりていく。もうひとり同年代の社服の女がやってきた。わたしはそんなふたりを背後にし駅舎の外にでて歩きだす。ごほっと口中音がした。背中に投げつけられた。ふりむくと、さっきの社服の女がもうひとりの女とならんで歩き、当の女はこんなときによくあるようになにも苦しそうではなかった。口のなかをゆっくりふくらませ、もう一度ごほっと思いっきりやった。一度目をごまかすために、ほんとうに咳がでるのだというようにカモフラージュにそうやった。わたしはこのふたりのななめうしろにまわった。ふたりは駅前のドコモショップに入っていった。同店の社員がポケットティッシュを配っていたというわけである。

●横顔とスマホ中野駅ホームの女。

72.2017年6/1 中野駅から東西線西船橋行きに乗る。発車前、すわる場所をかえ、窓越しに前方のホーム上をなにげにみると、ベンチに足を組んですわっている女23くらいが完全にそっぽをむいていた。人を小馬鹿にしたような横顔、ちいさな自分を守っているような横顔であった。わたしはもとよりそんなホーム上の女を相手にするつもりは毛ほどもなく、右手をかざし女を眼界から消した。電車が動きだした。わずかな機会をねらい、動く窓のむこう、線路むこうのホーム上をみてやると、当の女は、白いブラウスを着て髪は美容院でととのえたにちがいない女は、ベンチでスマホに顔をおとしていた。

●客の男にうそをつく。吉祥寺ゲラゲラ店員女。

71.2017年6/12 午後早く、吉祥寺ゲラゲラにでかけ、となりのいないところと希望を伝えた。店員女22くらいはわたしの要望に、調べもせずすぐさま、このへん全部あいてますといった。そこへいってみると、五席のうち二席は人が入っていた。店員女はうそをいい、いいかげんにあしらっていた。となりのいない席を快くさがしてくれる店員もいるなか、その女はそうやった。わたしは受付へもどる羽目になった。1時間後、帰る段になってこの女は、ふくよかとはいえない感じのこの女は、レシートをわたさず、要求するとつんとして無言でいやいやのそぶりでわたした。客をえりわける。客に応じて対応をかえる。そうにちがいなかった。20才前後くらいの女のバイト要員のおおい店、女らがコロニーというべきかゲットーというべきか何かそんなものをつくっているような店、ここではこの頃吉祥寺にできた自遊空間とはちがい店内マップの現況画面を客は見ることができない。だから店員女の恣意性にときにゆだねられてしまう。こんな店にはもういかない。

●ニット帽の女。上石神井駅階段。

70.2016年2/7 上石神井駅階段をおりていくと、背後から駆けおりてくる靴音がした。ごほっごほっ。口中音がわたしの無防備の背中に投げつけられた。中途で足をとめ、ふりかえる。ニット帽をかぶった女23くらいが平然とわたしを抜きさっていこうとしていた。女の目は見開かれていた。このあと、この女が同駅始発の関東バスに乗っているのを見た。わたしを何度か見かけてきていたのにちがいない。

●男の動きを見る。三鷹台サンクスの女。

69.2016年2月某日 三鷹台サンクスに女がふたりいた。ともに20代前半くらいの女であり、そのうちのひとり24くらいは、わたしのレジ清算が始まろうとすると、これを見澄ましたようにわたしのうしろにつこうとした。わたしは企まれたと思い、これを嫌い、レジ清算をとりやめ雑誌コーナーにいった。その女がおわるのを待った。ようやくおわったかと思いふりむくと、もうひとりいた女22くらいが、雑誌コーナーでのわたしの後ろ姿をずっと見ていたようすであり、わたしがふりむいたのと同時に顔をそらしていた。この女はパンコーナーへといった。わたしはレジ清算をしてもらう。このときその女はパンコーナーにいつづけ、顔を棚よりも上にし、わたしをけっしてそらさないといった按排であり、あたらしく入店するだれをも見逃すまいといったかたくなさをみせていた。パン棚を前にしているその目はパン棚にまともにむかっていず、パンをひとつとるでもなく、その場を動くこともなかった。

 わたしは清算をおえるも、窯出しとろけるプリンの無料券があることを思いだした。買った肉まんと紅茶飲料の入ったレジ袋を手にプリン売り場へといった。このとき先の女はようやくレジについた。わたしは今度はプリンと無料券を手にこの女のうしろにつくことなった。この女は出入り口のドアのほうへと顔をむけ、透明ガラスにうつるわたしをとらえようとした。

 この女がでていったあとわたしの番になるや、うしろの男25くらいがごほっと口中音をたてる始末であった。わたしに早くすませろと事前に警告威嚇をしているにひとしかった。

瀟洒なかっこうの主婦。マック中村橋店。

68.2009年2/20 マック中村橋店に女のふたり連れがきた。ともに30代の瀟洒なかっこうの主婦らしき人である。あいている席がすぐそこにひろがっているのにしばし逡巡していた。なんとなればその空席の両端にそれぞれ男がおり、真ん前にも男が、このわたしがいたからである。ただのいっときの場所ごときでえり好みをしていた。

 女のひとりのほうが、年上らしきほうが、ぺらぺら喋りちらしていた。ピアノの先生の素性を知ることになってそんなにすごい人とは思わなかった、とか。××が好きでどうたらこうたら、とか。子供が三人で、三人とも性格がちがう。勉強のできない子がピアノを上手にひけたらすっごいと思われるわ。生徒が多ければ優秀な子もいる、とか。

 その女は、定型なり基準なりの枠から寸毫も、豊かにはみでることのない陋劣女であった。

 うちのおにいちゃんが云々。いらっとする。むしろ云々、とか。女の言葉は悪臭芬々たるよだれのように舌先にのって、ほとばしりでた。

●甘えを満たされない。大原敬子。

67.2009年2/20 ある47才の女性は55才の夫、21才の長男、19才の長女、それに16才の次女との5人家族である。

 長男は大学生である。にもかかわらず夜、母親にパジャマをはかせてもらう。これが母親にとっては恥ずかしくてならないのに長男は無理無体にせがむ。

 また彼は異常な頻度で手を洗う。妹に手をあげて叩き、母親にもそうする。母親の顔に青痣ができたこともあった。

 大原敬子は「この子はやさしい子ですよ」といった。

「そうなんです。内緒でこっそり、入院中の父親の見舞いにいっていたんです。」

「あなたはあくまで自分の感情を基準にしている。だから、話していてこっちが疲れる。ひどいという話をするから『ひどかったんですか』と訊けば『そうでもない』とあなたは答えた。」

 大原はつづけた。「あなたは長男を捨ててもいないが、愛してもいない。他人の話をきいて、雷同するように長男を病院につれていこうとするのはおかしい。愛するとは立ちむかうことだ。長男にたいして、かわいそうだとか不憫だとか面とむかっていって、彼はこの先どうやって生きていくのか。救われないではないか。」

 加藤諦三はいう。「あなたは相手の感情を理解していない。これまで感情を共有してくれるひとがいましたか。不満を解消してくれるひとがいましたか。あなた自身がちいさいころ、まわりにー親にー理解されていなかった。自分がわかるということは生まれかわるということです。きょうがあなたの第二の誕生日です。」

 こどもは甘えを満たされないと大人になっても心のなかで赤ちゃんがえりをしますと加藤は締めくくった。

西武鉄道駅員。上石神井

66.2017年5/15 午後なかごろ上石神井駅において、急行にはまだ時間があり売店の前にいた。うっと背後のほうから口中音がした。ふりむくと、階段をあがってくる制帽制服の駅員25くらいがわたしを見ているような見ていないような感じであった。この駅員が発信源にちがいなかった。このあとすこししてわたしがまだ改札階にいたとき、うっとさっきと同じ口中音が改札のむこうからした。見ると、あの駅員が宿舎のあるほうへ歩いていく。あまたの利用客をながめ、そのうちからひとりを判別する。見てくれをもって感情のこもった口中音をたてる。これを平然とやってのける。これが西武鉄道駅員であり、これでふたりめである。

●虐待の連鎖。マドモアゼル・愛。

65.2009年2/19 ある31才の女性(相談者)は34才の夫、9才(小学四年生)、4才のそれぞれ男の子と生活している。彼女は再婚であり、長男は彼女の連れ子である。

 彼女はこの長男になにかといらいらし、顔を張ったり頭をたたいたりする。長男の性格が自分とまったくちがうからだと彼女は思う。長男が2才のとき前夫と離婚し5才で再婚するまで母子ふたりですごしていたから長男の性格は知りぬいている。そんな長男のようすがおかしいので病院で診てもらったところ、発達障害だといわれた。

 彼女の母も離婚を経験している。最初の結婚で生まれた男の子は、五才のときの熱病が原因で知的障害を負った。二度目の結婚でふたりの子をもうけ、ふたりめが相談者たる女性であった。

 相談者たる彼女は、父-母にとっての再婚の夫-が腹ちがいの兄を虐待するのを日々みて育った。

 いまそんな父の姿に、長男をいためつかずにはおかない自分の姿がだぶる。

 両親はすでにふたりとも死亡し、腹ちがいの兄は50代に入っている。

 加藤諦三はいう、「長男との性格のちがいは、たたくことの原因ではない」と。

 実の父がきらいだけど愛情がほしいという二律背反に陥っていたと加藤がえぐると、相談者は、はいと応じた。

発達障害というけれども、ほんとうにそうなのか。あなたの虐待に一因があるのか、セカンドオピニオンをきくことをすすめる」と加藤はいった。「虐待の原因はあなたの心のなかにある。9才の男の子にたいして自分の心の憂さを晴らしているだけである。長男は親の犠牲になっている」

 マドモアゼル・愛氏はいう、

「へんな支配者のいる家庭で病理が生まれる。かつてあなたは、腹ちがいの兄を虐待する父を、拱手して見つめるのではなく刃向かうべきだった。いま、やさしい長男があなたの心の問題を明るみにだしてくれている。」

 愛氏の声はしゃがれ、涙にぬれていた。

「あなたの長男への虐待をそばでじっとみている次男は、むかしのあなただ」と愛氏はいった。「手をあげているあなたは、夫にむかって『あたしをとめてよ』と叫ばなければならない」

 加藤はいう、

「そういう環境で、それにもかかわらず生きてきた自分をすごいと思わなくちゃ。そうしたら自分の怒りは消える。ついで長男への怒りが消える。」

 悩みは自分の心が原因なのに外に原因があると思っている人がいますと、加藤は締めくくった。

●弱さにつけこまれる。高二の長男。マドモアゼル・愛。

64.2009年2/10 ある51才の女性は56才の自営業の夫、21才の長女、17才の長男の四人で暮らしている。この長男は高校二年生であり、高校の駐輪場で見つけた自転車で通学して、ある日警察に見つかり補導された。自転車は盗難されていたものだったからである。

 彼は友人からバイクを五万円で買ったことがある。これも警察沙汰になった。バイクは盗まれたものであり、どうやらこの友人とやらが盗んだものらしかった。

「買った」と長男はいうものの、実際は強請されて買わされたにちがいない。

 弱さを見抜かれ、弱さにつけこまれたんです、とマドモアゼル・愛氏はいった。

 長男は学校の勉強はからきしできない。性格は、親からみて「普通」である。母親には、バイクの一件もふくめていろいろなことを話す。しかし父親は彼にとってこわい存在である。寡黙な父親の前で長男もまた、父と同様にかそれ以上に寡黙になる。

 愛氏はいう、「へんな人とつきあっているかぎり運命はひらけない」と。つづけて「父親と取っ組みあいの喧嘩ができたら、一人前の男として社会にでていけるんです。」

ふたりの女。マック中村橋店。

63.2009年2/4 マック中村橋店において足を気ぜわしく動かしている女がいた。それがわたしの視界に入らないと思っていたのか。この女は文庫本を読んでいた。体勢をなかばわたしのほうへとむけていた。わたしを気にしていた、警戒していたというわけである。

 また、ブーツをはいた中学生くらいの女が、こつこつこつこつ靴音をたてて何度も何度もあっちへいったりこっちへいったりしていた。他人へのうるささを毫も考えてはいなかったといえる。

 というわけで、向後、あの奥まった真んなかあたりの席にはすわらないことにする。

●快速電車の女。ドア脇、二十代。

62.2009年1/31 JR中央線快速電車のなかで20代前半くらいの女がドア付近にいた。そこは陣取れるスペースであった。わたしは女がわたしをみていると思った。たまたま居合わせている赤の他人を邪魔ものあつかいしている、と。女の顔を、その目をみてやると、女はわたしをこえた先の吊り広告へと目線を投げているとわかった。ほどなく悟了できた。女は結局のところ吊り広告をみるようでいながらわたしの目がどこにむかっているのか、要するに自分をみているのかいないのかと巧妙に気にしているにすぎない、と。女はスペースを陣取ったまま本を読みだした。精神性のうすい女にみえた。

●妻の借金。マドモアゼル・愛。

61.2009年2/4 ある54才の男性は48才の妻をもち、18才の長男、16才の長女、それに12才の次女の三人の子の父である。結婚して20年になる。結婚したとき妻はあたらしい車をもってきた。それは結婚祝いに兄がくれたというものであった。しかし、結婚して15年のあいだに妻がこしらえたサラ金4社への借金、350万円からすると、車のでどころは作り話であったにちがいないと夫は思う。

 借金は車と和服のためだったようだ。妻はその事情についてまったく語ることはなかった。もっとも、毎月毎月女性の名前で妻に封書がきており、夫のほうはどこかしら不審に思っていた。事情がわかってみると、それらはサラ金からの督促状にちがいなかった。

 おれは15年間だまされつづけた。夫はそう思った。

 いまから2年半前より家庭内別居の状態である。

 妻は人当たりがいい。奥さんはほがらかでいいですねえとよくいわれる。

 マドモアゼル・愛氏はいう、

「おれがだまされつづけたというような夫に、奥さんは借金のことをいえなかったんです。奥さんのほうこそ15年間苦しんできた。車は家族でつかったものでしょう?」

「はい」

「結婚のときに車を用意してくるのは女心としておかしくはない」

 あなたは孤独になる生き方をしていると愛氏がいうと、こどもたちはお母さんの見方をしていると相談者はしおれたようにいった。

 愛氏はいう、

「弱さ。足りないところ。そういうものは人間だれしもある。きっちりした面だけでは人と人とのあいだはうまくいかない。あたたかい家庭になるにはやさしさが必要である。天真爛漫な奥さんが借金を返すことしかあたまになかったときいて、ぼくは奥さんが気の毒に思えた。涙がでそうになった。あなたは奥さんに、手ごたえのあるやさしさを与えていなかった。あなたが奥さんのことを水に流せば、奥さんと和解できる」

 寝室をいっしょにしてはどうですかと、市川森一は提案した。